漫画「のだめカンタービレ」が、連載してきた「kiss」誌上で次回で完結することが予告された。ショックである。聞いたときは混乱した。一週間経ってやっと少しあきらめがついたところだ。

 「のだめカンタービレ」は、コミックスを全巻買っている。
 まずこの漫画を知ったのは、講談社漫画賞を少女漫画部門で受賞したときだ。
 授賞式には多くのクラシックのプロ演奏者たちが駆けつけ臨時に演奏会をしてくれたと紹介された。
 クラシックの演奏家たちはそれぞれプライドが高い人たちでそれがこんな事をするというのは大変なことだ。この漫画はただものではないと思った。

 私は、kiss誌は買っていないのでコミックスが出るまで内容はお預けである。どうか、のだめには幸せになってほしいと思っている。なにしろ結婚したからといって幸せになるものではないので、どうなるか固唾をのんで見まもっている。

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【2009/10/05 18:50】 | 漫画・アニメ
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のだめカンタービレ #22 (講談社コミックスキス)のだめカンタービレ #22 (講談社コミックスキス)
(2009/08/10)
二ノ宮 知子

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出たばかりの「のダメカンタービレ」22巻を一気に読みました。

 前回21巻で、千秋とのだめが決定的に結ばれていることが判明。そしてのだめがプロポーズするが千秋が冗談扱いで受け流し、のだめの心に大きなヒビが入ってしまいました。それで千秋との共演の中でシュトレーゼマンとのピアノコンチェルトの申し出を受け入れました。

 今回はその顛末ですが、大激流のような展開となります。のだめは、シュトレーゼマン指揮でのピアノ協奏曲で、みごとなそしてかなりの異種演奏を魅せます。それでいてオーケストラをよく聞いて理解し破綻しない。その実力が大変なもので観客を混乱と絶賛の渦の中にたたき込みます。千秋もこのコンサートを知り、来演して、その演奏を高く評価し楽屋訪問しようと押し寄せた観客とマスコミをかき分け入室を請いますが、会うことを拒否されます。
 翌日の評論家は、絶賛派と、少数の曲を壊したという非難派に分かれます。

 それが伝えられ、世の期待はますます強まる中で、テレビ放映。そしてインターネットの動画サイトでもアップされ、世界的な話題となり絶賛の嵐となります。

 それでも、千秋との関係が壊れたのだめの心は癒されず、傷は深くなり、世界へ売り出そうとするシュトレーゼマン音楽事務所のエリーゼに、「もうあんな風に弾けない」と言い残して飛び出してしまいます。そのまま国外へ逃避しちゃいます。

 しかし、一方の千秋も、のだめに拒絶され見失ったことから、生まれて初めて身も心も絶望の中で悶々と苦しむことになります。

 大きな変動と心の闇の中で苦しむ二人。ではどうなるのか。のだめは音楽を続ける道をどう選択するのか。初めてのだめと千秋は互いの愛というスタートラインに立ったんだという気がしています。これまでは序走だった。

 そして本屋さんでのだめ連載の「kiss」No.16 2009年08月10日号表紙を見ると思いつめたような真剣な顔の、のだめの大きな半身に「最後に伝えたいこと。」の大きな文字。思わず近寄り開けると、連載「のだめカンタービレ」の表紙の上に「クライマックスに向けてカウントダウン!」の言葉。
 クライマックスの次は終章だということで、「のだめカンタービレ」が終わるのかと思わず衝撃を受けて、わたしも闇の中へ。ずっと楽しんできた「のだめカンタービレ」が終わりの方向が見えてきたなんて。
 でも、のだめの新たな旅立ちもみたいとは思いますが。

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【2009/08/13 18:32】 | 漫画・アニメ
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 現在の妖怪アニメの中で屈指の作品だなと思うのが、「夏目友人帳」だ。
「夏目友人帳」2008年7月7日-2008年9月29日(テレビ大阪7月12日-10月4日)、に続き、
「続夏目友人帳」が現在2009年1月5日(テレビ大阪1月10日)から今も放映中だ。

 妖怪漫画は、片隅で生きるものに焦点を当てた名作品群がある。まずその原点は水木しげる「墓場の鬼太郎」だろう。今の「ゲゲゲの鬼太郎」とは違い、かつて地上で繁栄していた幽霊族が、突如あらわれた人間が大量に増殖して地上を占拠するにつれて押される。それで優れた能力を持ちながらも地下や片隅でひっそりと暮らしやがて最後の生き残りの夫婦だけになり、それも病に冒される。その死後母親の墓から鬼太郎は生まれ自ら掘りあがってくるのだ。

 そして手塚治虫「どろろ」、と続き、それは緑川ゆき「夏目友人帳」に受け継がれる。
 緑川ゆきは1999年デビューのまだ中堅の女性漫画家だが、この作品が大ブレイク作となった。

 作者の住む熊本県の地方を舞台にしている。その人と自然が近い関係にある田舎を舞台に妖怪たちと人との片隅での交流が描かれる。

 主人公の夏目貴志(なつめ たかし)は妖怪が当たり前のように幼い頃から見えて敬遠される。そして両親が亡くなり親戚を転々とする生活となる。
 当然ながら気味悪がられ、ますますいやがられて、たらい回しされる。このことが大きな傷となって高校生になる。ある家で早くに亡くなった母方の祖母夏目玲子の遺品が渡される。その中に「夏目友人帳」という墨書きの古い冊子があった。

 そして次に行った遠縁の藤原夫妻に暖かく受け入れられ、やっと安住の地を見つけたという思いとなる。楽しく話せる友人たちもできた。その生活を続けるために、藤原夫妻や友人たちには妖(あやかし)が見えることは秘密にしている。

 しかし、この地は祖母の玲子が高校の頃暮らした土地だった。そして妖怪が多いところなのだ。ある日妖怪の封印された結界を破ってしまう。そこから現れたのは招き猫を依代(よりしろ)として長年封じられていた斑(まだら)という巨大な8mはある妖怪だった。まず言ったのは「夏目か、玲子か」ということ。夏目玲子は祖母で亡くなって自分は孫だと説明すると「何と短い命だ」と嘆息する。妖怪は、寿命がはるかに永く姿も変化するので、見かけで判断せず気配や臭いで相手を見極める。

 祖母の夏目玲子は霊力が高く、妖怪とも出会いや争いも多く人とつきあえなかった。そして高校時代には憂さ晴らしもあって妖怪と勝負して(イジメ)勝って名前を契約書の紙という形で預かった。それを集めたのが夏目友人帳でこの紙を傷つければ同じく妖怪も傷つく。命を預かっている形なのだ。

 斑は勝負を断って名前は書いてない。しかしこの友人帳を手に入れればその妖怪たちを支配できる。これをねらって多くの妖怪が来ると言われる。そして斑にも、喰って友人帳を奪ってもいいが結界から放してくれたし、人間である貴志の短い命の間用心棒をしてやる、ただしお前の命がつきたらわしが友人帳をもらうと宣言される。しかたなく約束する。

 それで小さく変化するが招き猫に似た豚猫の姿になってしまい声も変わる。なんと長年封じられていた間に依代の姿になれて一体化してしまったのだ。小さくなると「楽だ」とこの姿になってしまう。しかも他の人にもこの姿だと普通に見える。ニャン吉とかニャンゴロウとよばれて藤原家の飼い猫になってしまう。たまに寝ぼけて喰ってしまおうとしたり、襲われているのに放っておいたりするので油断ならない。酒好きで酔っていると役に立たない。一筋縄でいかない斑を「ニャンコ先生」とよび助けてもらう。貴志も玲子ほどではないが霊力が高く、力が大きくない妖ならゲンコツの一撃で撃退できたりする。

 妖怪たちが名前を返せとやってくれば返す。しかし次々と事件は起きる。そして多くの傷ついた妖怪と人が登場する。生きづらさの中で妖怪も人も賢明に命を燃やす。

第四話 時雨と少女
昔、人間が好きな福の神がいて子供に化けて村に遊びに来ていたけれど、金儲けしたい強欲な商人に捕まって地下室に閉じ込められてしまった。そのため、その神様は人を恨み続けて、憎悪のあまり妖怪になってしまった。この学校はその神様が閉じ込められていた店の跡地に建てられ、元神様は今でもこの校舎をさまよっている。それが少女と出会い浄化される物語。

第十話 アサギの琴
 琴が弾けなくなった妖怪アサギを救うため、妖怪アカガネが夏目の体を乗っ取ろうとする。そのアサギへの思い。

この二話が、特に忘れがたい。

 そして全体としてすばらしい出来映えである。
 原作はまだ読んでいない。読んだらまた別に書きたい。 

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【2009/03/11 12:40】 | 漫画・アニメ
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 NHK「獣の奏者エリン」を何度見てもだめだ。何か「アルプスの少女ハイジ」をイメージしたそうで、原作とあまりに離れすぎた感じがしてなじめないのだ。これはしばらく録画したままでおいとく以外ない。もう少し進展してから見てそれから見直そう。

 前にお知らせしましたが、「ダ・ヴィンチ」2月号で上橋菜穂子先生の特集を第2特集「さらにその先の上橋菜穂子」として「獣の奏者」アニメ化記念としてやっている。インタビューもあるのですが、
掲載しきれなかったインタビュー外伝「WEBダ・ビィンチ」に載っています。

http://web-davinci.jp/contents/sp2/index.php

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【2009/01/24 01:00】 | 漫画・アニメ
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 きっこさんが、こんなふうに書いていた。「「大晦日だよドラえもん」を観ながら、年越しそばを食べた。おそばは美味しかったけど、母さんもあたしも、どうしても今のドラえもんの声にはナジメなくて、心から楽しむことができない。だから、テレビはつけてたけど、ほとんど観てなくて、ずっとおしゃべりしてた」

きっこのブログ-母と娘のお正月
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2009/01/post-d9ee.html

 私も、新しいドラえもんの声になじめないでいます。実はもっと重症で見ることもできないのです。声優、水田わさびさんに恨みはないのですが。
どうしても耳が拒否するのです。

 代わると聞いたときこんな風になるとは思いませんでした。
実は一昨年に、大山のぶよさんの『ぼくドラえもんでした。』という本を買ったのですが、いまだ読めません。手に取り開こうとしただけで、悲しくてかなしくて涙ぐんで読めないのです。まったく、おかしいですよね。自分でもあきれます。

 私の半分くらいは藤子不二雄先生に育ててもらったようなものなので、大山のぶよさんの当てたそのアニメを初めて見たとき、藤子・F・不二雄先生が「ドラえもんってこんな声をしてたんですね」と言ったその思いに縛られてるのかな、と思います。

この本を読むだけであと何年もかかり、水田さんの声で見られるようになるのはいつの日か。

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【2009/01/04 20:49】 | 漫画・アニメ
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