ミュージカル映画『シェルブールの雨傘』を実に久しぶりに見ました。私の恋愛映画のベストワン2作のうちの1つなのです。1964年作品で、製作後45年間とこれだけ年月がたつのに少しも色あせない。

 全編セリフがないすべてが歌という世界初の試みのミュージカル。そして若きカトリーヌ・ドヌーブの清純な美しさ。

 1957年11月、若く純真な16歳の女性ジェヌビィエーブと自動車修理工ギイとの港街シェルブールでの愛と結婚したいという思いから、始まります。しかし、未婚の母として傘店を開いて育ててくれた深い絆の母に まだ若いと反対され悩みます。彼女は友達もほかにいない。ギイも両親がおらず伯母エリーズに育てられるさびしい身の上。でも、それだからこそ強くひかれます。

 やがて、アルジェリア戦争の2年間の兵役で離ればなれになっていく悲しみ。有名なカフェで抱き合うシーンから始まり駅での「千年の夏が過ぎてもあなたを待つの」とジェヌビィエーブ、そしてギイは、「恋人よ、恋人よ・・・」と二人の張り裂けるような思いの悲痛な別れのデュエット。

 ギイの出発後、妊娠が発覚、手紙でやり取りしていたが、1958年4月にわずか5ヶ月間でさびしくなり、心変りして、出産したら自分たちの子として育てようと言ってくれる宝石商カサールと結婚を決意。結婚式場から出てきたとき見ていたのはギイの伯母を世話をやいてくれる近所の女性マドレーヌ。
ジェヌビィエーブは母とパリにうつります。

 1959年1月兵役後、足を少し引きずるけがを得て帰還したギイはまさか別の男性とジェヌビィエーブが結婚しようとは夢にも思わなかったため、そのことを知り荒れて、職場も辞め売春婦と寝たりします。

 しかし、その夜伯母がなくなり、みとったのはマドレーヌだけ。彼女はギイをにくからず思っているのですがおとなしい女性でふみこめない。しかし、葬儀後マドレーヌが街にいい思い出がないとよそに行くと言った時、君も身寄りがないのに行かないで一緒に暮らしてほしいと頼みます。マドレーヌは働きもしないギイは嫌いだと諭し、ギイはこれからは変わると誓います。
 叔母の遺産でガソリンスタンドを開くことになり、マドレーヌはジェヌビィエーブの代わりではないかと不安を訴えますが、ギイはもう彼女のことは忘れたとはっきりと言います。

 やがて1963年の雪のクリスマスの日、ガソリンスタンドで男の子と夫婦で仲睦まじく過ごす。ギイとマドレーヌは、夫婦となって心から落ち着いています。そし妻が子どもと買い物に出かけたとき、1台の車が入ってきます。
 それはいい家の奥さまとなったジェヌビィエーブと娘でした。思わず見つめる二人。彼女は娘を残してともに店内に。義母のところへ行き、結婚後初めてシェルブールを通るのに街を通らずに回り道をしたはずなのに、街外れのガソリンスタンドだったので会ってしまったのです。6年の齢を重ねた落ち着きで、ジェヌビィエーブは母が亡くなったことを話し、ギイの家族のことをたずねます。
 ギイの男の子はフランソワ、妊娠後の手紙でジェヌビィエーブが提案していた名前でした。
 娘のほうはフランソワーズでした。ジェヌビィエーブは「娘はあなたにそっくりよ、会ってみる」と言いますがギイは「もう行ったほうがいい」といいます。そして二人は永遠の別れをするのです。
 
 妻と子が帰ってきて、子どもと雪かけをしてたわむれる。仲のいい家族の暮らしがまた始まるのです。

 この映画にひかれて、シェルブールを訪れると、街は軍港都市でこの映画のロマンチックなたたずまいとは違い驚くそうです。
 また、ソ連時代に立ち寄った軍艦の兵士たちは上陸すると一斉に買うものがあります。それは雨傘でした。
 彼らが別れる原因は、植民地のアルジェリア戦争ですが、それは恋の悲劇としてしか描かれません。
 しかし、恋愛映画にふさわしくない軍港の街シェルブールを舞台に選んだことといい、絶えず水兵が歩いていることといい、戦争が大きく背景ににじみ出ます。やはり戦争のせいだという思いが深くあるのです。

 監督ジャック・ドゥミのもう一本『ロシュフォールの恋人たち』は、南フランスの明るく楽しい若干アメリカナイズされたミュージカルなのに、もっと軍人が露骨に隊列を組んで歩いている少し驚くような風景の映画です。なぜなのかわかりませんでした。

 同じ映画監督をする妻アニエス・ヴァルダが、ジャックの白血病での死後、映画『ジャック・ドゥミの少年期』 (1991)で描いたのですが、ジャック・ドゥミは子どものころナチスとの戦争で疎開したのです。
 どうやら、戦争から離れたいのに戦争が頭から離れなかったのでは。それでこんな描き方になったのではないでしょうか。

 なお、ガソリンスタンドは実際の店で20年前はまだ営業していました。その時の経営者も最近店を買った人でそんなに有名な場所だと知らなかったそうです。
 それから、雨傘屋だった店は20年前はありましたが、空き店になっていたそうです。これら2つの店も現在どうなっているのか。

 女性は頭では考えるのではなく、目の前にないとだめなのだなあとしみじみ思います。たとえ、どんなに真剣に「千年の夏が過ぎてもあなたを待つわ」、と悲痛に歌ってもです。
 でも、こんなに悲しい、せつない。悲痛な思い。やはり二人の恋はどこかにあるのだと思います。
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【2009/01/04 02:32】 | 映画
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