ビン・ラディンを、アメリカ側はとにかく殺したかったようだ。当初のブッシュ政権のアフガニスタン戦争の時の方針としては、ビン・ラディンを逮捕し裁判にかけると明記していた。

 これは当たり前だと思う。だが「アメリカの正義」は、それを覆し武装もしていないのに妻ごと殺した。

 ビン・ラディンは、もともと1979年のソビエトのアフガン侵攻を受けてCIAが計画したアラブ義勇軍を組織し軍事キャンプで訓練するため、アラブ人の運営者が必要となった。そのときサウジアラビアが推薦して派遣されたのがビン・ラディンだった。彼はサウジの最大の建設コンツェルンのオーナーの十数番目の息子で会社幹部として組織運営能力が高い人物だったのだ。

アラブとイスラム地帯各国に呼びかけるとともに、呼び集めて受け付けをしてリストを作り軍事キャンプをみごとにマネジメントした。

このとき、軍事キャンプをアラブ語で「基地」と言う意味の「アル・カイダ」と名付けた。そしてCIAは、奇襲作戦など様々のゲリラ戦法や武器の使い方を教えた。実はテロネットワークのアルカイダは、この時アメリカ側が訓練した人々がそれを再伝達してネットワークが広がるなかで生み出された。

 しかし、イラクのクェート侵攻に始まる湾岸戦争とその後の経済制裁でのイラク国民の困窮でアラブ反米意識が高まった。ピンラディンもサウジ国内のキング・ハリド軍事都市など三か所の米軍基地の巨大化とオーバープレデンスに対するサウジ国民の反発とともに、激しく反米意識を高めていった。

 そしてスーザン港湾のボートでの米軍艦自爆攻撃に始まりアメリカ大使館爆破事件に対し、クリントン政権の反撃しアフガンキャンプのミサイル攻撃で火ぶたが切られた。このグループはアルカイダと名乗り争いが9・11まで波及していく。

 スーザンテロ攻撃後も9・11直前7月に主治医と看護士、側近、4人の護衛付きでドバイのアメリカン病院に7月4日から14日まで入院した。そこへCIAのドバイ支局長が、二人で入院しているビン・ラディンを見舞いに行ったと、フランスの一流紙フィガロが報じている。

 もちろんこの時米軍特殊部隊で急襲すればひとたまりもなかっただろう。しかし、これがアメリカの9・11陰謀説の証拠とならない。こういう虚実の皮膜間で活動するのが情報機関だからだ。

 しかし、ビン・ラディンとアメリカ政府とは浅からぬ縁だとわかるだろう。実はアメリカ政府との接触と関係の深まりの中でモンスター化した人物なのだ。
 この、複雑な米国との関係を裁判で明らかにすべきだがそれがアメリカ政府は何としてもいやだったのだろう。

 アメリカの対外政策は軍事中心という以外はたえず揺れ動いている。イラクのフセイン政権も対イランという形で軍事的に強大化させたが、たちまち手のひらを返して敵扱いにした。それにまた軍産複合体が戦争を起こしたいと絡む。
 アメリカ政策ではイスラエル擁護が一貫しているようだが、これも政治ロビーとして強大化する1975年くらいから度を強め福音右派三千万人がイスラエル擁護するとほとんど国是となっていった。

 アメリカは金融危機後に国力は疲弊して、もはや軍事超大国として君臨する力を失っている。米国政府さえ一貫した政策をとれば、敵は少なくなり、中国相手に二大超大国として世界を分け合う形での世界派遣は続けられるだろう。

 テロとの戦いに勝利したとアメリカ世論は沸いている。そうなのだろうか。

 またもや軍国主義は対戦相手をテロに復讐劇という形で継続して高まり、アメリカの戦争中毒は新たな展開を起こすのではないか。しかし、それができるほどアメリカの力はもたない。20年くらいで急速にアメリカ覇権は衰えるという観測がある。アメリカは第二次大戦後は大変民主政治と文化の主導者として尊敬されていた。軍事主導でベトナム戦争で決定的に国策を誤ったと思う。

 ビン・ラディンを裁判にかけることは平和を基調にした新たなアメリカを作ることにつながったと思うのに残念だ。

 日本も対米従属で軍事ばかりに目が行くのはそろそろやめにしたほうがいい。アメリカは今回の大震災と原発事故で「トモダチ作戦」であまりにふがいない日本政府を叱咤激励して随分助けてくれた。こういうやり方は日本とだけでなく世界のためにとても役立つと思うのだ。
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【2011/05/06 19:17】 | 政治・経済
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