第94代首相に指名された菅直人とは何者か。意外に知らない。少なくとも一見して思うようなハト派ではないが右翼でもない。新自由主義については明確な新自由主義者ではないと思う。しかし、財政再建を掲げて菅財務官僚に取り込まれたので間接的に新自由主義的な政策をとる可能性がある。

 まず彼が有名になったのは、1996年の自民社会さきがけで連立した自社さ政権の第一次橋本内閣に厚生大臣として入閣し、熱処理しない血液製剤で国民が多数エイズに感染した薬害エイズ事件。その時に生物製剤課長郡司篤晃がまとめていた事務記録である「郡司ファイル」を、既に保存年限が切れて廃棄されていると主張していた官僚たちを押し切り、プロジェクトチームを組ませ、いくつかのグループで省内を探させる競争をさせることで、内部で発見させた。その官僚を使いこなす大きな手腕で日本中から注目を浴びた。

 また1996年に厚生大臣在任中に岩波新書で著書「大臣」を発刊した。行政は内閣が総括し責任をとるものだと憲法上の構成の指摘と、自民党政権下での、政府という形でのその官僚の暴走を暴いた。

 憲法改正論議に対しては、前回の野党「民主党」自由党合併時の代表時代に「日本の国のあるべき姿を示す新たな憲法を作る」とした「創憲」を唱えて、「憲法発布から60年目に当たる2006年までに国民的運動を集約する形で民主党として新たな憲法のあり方を国民に示せるようにしたい」と発言。改憲論者であることを示した。「日本の国のあるべき姿を示す」とはどういう意味がもっと右翼的なものなのかわからない。


 首相の在任期間について「首相というのは少なくとも4年間は同じ人物が続けるべきだ。常々、鳩山首相にも言っている」鳩山政権の時に述べた。

 2009年12月28日に、民主党内の民主党での小沢一郎幹事長、輿石東参院議員会長、山岡賢次国対委員長らが、日本と米国、中国の関係は対等であるべきだとする「正三角形論」を主張していることも踏まえたのか、TBSの正月用番組収録で日米関係について、「政治的には日米同盟が果たしてきた役割は大きかったし、これからもアジア、世界の安定のために最も重要な関係だ」と述べた。

 しかし、防衛問題では、鳩山政権で副総理として、基地問題と距離を置いて発言しなかったと記者会見で述べるなどはっきりした主張を聞いてない。
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【2010/06/04 17:25】 | 政治・経済
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