教育というのは、いったい何のためにするか。受験のため。成績を上げて将来、出世するため。ありていに本当のことをいえばそう捉えられている。でもこれは、社会に出ればすぐわかるがそうではないのだ。

 たとえば知恵と知識は違う。受験でテストの点を高くするための技術を学んでも社会ではたいして役に立たない。社会で役に立つのは知識ではなく、人間の内部から出てくる知恵なのだ。勉強というのは本来はその知恵を補い高めるためにやるものだ。

 もう一つ、教育の役割は自分を守るとともに、権力者が人や社会をゆがめて生命をもてあそぼうとするときチェックできるような力を与えるためにする。そういうスキルを与えるためのものだ。
 そうでないと格差社会を作り出し平気で人を使い捨てたり、戦争を起こせる国にしようとするとき、止められない。そういう力を若い人に与えないように必死に教育を骨抜きにしてきた。それが現在の教育だ。
 と、いうことで生きるための政治テキストをいくつか書きたい。

 まずは、生命を守るということについて。

 政治というのは、権力者の自己満足のためにあるのではない。政治はまず生命を大切にすることから始まる。
 今の社会では生命がとても粗末に扱われている。自殺をする人が少しずつ増えている。警察庁の発表で2008年の自殺者数は3万2249人。1998年以来11年連続で年間の自殺者数が3万人を超えた。うち30代が前年比1.7%増の4850人で、1978年以降で最も多いのだ。格差社会の現実なのだ。自殺対策基本法という法律までてきたのにちっとも止まらない。
 これをほっておく政治家など政治をしていない。

 アフガニスタン戦争へのインド洋給油もアメリカの人殺しのために国際貢献と称してやっている。それは間接的であれ人を殺すのに手を染めているということなのだ。このまま自民党政権が続けばやがては、米国の意向でアフガニスタンに直接自衛隊を派遣して、戦争に参加して人を殺すことになる。

 私たちは、人を殺さない。人を殺せと命じるような政府はただちに下野させる。その全段階として盛大に抗議する。路上であるいはネット上で。政府は国民が作りそして引きずり降ろす。

 私たちは、人を使い捨てにしてホームレスにするような社会を拒否する。そして、人の尊厳を確認できるような場を自らつくる。人は一人では生きていけない。それを痛感する。何か自分がじぶんであることを認めてくれる場がぜひとも必要なのだ。
 それは、運動という形なのかもわからない。私にとっては市民運動であり、地域に市民政治を作り出すための政治運動である。
 あるいはきちんとした職場なのかもわからない。それには派遣法制の廃止が必要だ。もちろんまだ模索は続いている。

 鳩山政権に、若者たちが生きられる場を作るのに積極的な施策をさせよう。鳩山政権が誤解しているかもわからないのでわからせよう。
 今の民主党への支持というのは積極的な指示ではないのだ。すべては自民党が格差社会を作り構造改革の名のもとに日本社会を破壊しつくしたからだ。それだからこそ新自由主義と格差社会と貧困をなくさせなければならない。黙っていれば財界のほうを向いていてしないだろう。私たちがやらせるのだ。
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【2009/08/16 23:55】 | 政治・経済
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