「恋空」から大きくブレークしたケータイ小説が、「赤い糸」で、ほぼおわってしまったのだ。もはやランキングにも出ない。2年ちょっと。なんという短い間だろう。しかも田口 久美子ジュンク堂池袋本店副店長が、以前言われていたように、ケータイでタダで読めるのに本を買ってくれるいいお客さんだったのだ。勝手かな。出版不況の中で、一つの柱が消えてしまったよ。

 小説ではない。買うようなものではない。稚拙だ。
 
 いやいや出始めのころ実はノベルスもそう言われたのだよ。だからみんな期待していたのだ、私は読まなかったけど。
 誰かすぐれた才能のある作家が一人出てきたらレベルアップがなって定着するかもしれない。これはケータイ小説を見るときの本の関係者のおおかたの夢だったのだ。

 ケータイ小説を分析した速水健朗『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』では、まず「ポップティーン」「ティーンズロード」の投稿欄を例に検証して、ケータイ小説で描かれる内容が、古くから少女たちの間では定番の物語であることを指摘しているのだ。

 そして『恋空』と浜崎あゆみの歌詞を比較して、無意識だろうがインスパイアされたものであることを分析してしまう。
また、「ケータイ小説の中でヒロインと恋人が交わす会話やメールといった日常的なコミュニケーションの中から、専門家が掲げるデートDVの加害者と被害者の関係と一致するような状況-具体的には束縛は威圧の行為-を自然に見つけだすことができるのだ」と、読み込んでいく。わりとこわい関係があるのだ。
 多くのケータイ小説に浜崎あゆみの歌詞の影がなんと見えるのだ。

 昔からある少女たちの中にある一つの夢、そして恋人たちのコミュニケーションの破たんを、その悲鳴を、現在の浜崎あゆみの影響も大きく、それぞれが物語として紡ぎ出したのではないか。これまでだったら少女たちの間でひそひそ語られていた物語が、ケータイの出現でそれが表に出てきたのだ。

しかし、それは平板な形でしか書かれず、すぐれた才能も出てこないまま飽きられて終わったのだ。まことに残念。しかし、それはそれでよかったのではないのかな。

 でも物語は同様の形で少女たちの中にこれからもいろんな影響を受けつつたまり続けるのだろう。もとのようにひそひそとそれは語り続けられる。


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【2009/01/31 01:54】 | 奈良たかし・本の話
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