アニメ版の「プラネテス」は、しっかりと見ているのに、幸村誠の原作漫画は見ていなかった。感激したことに、原作がアニメ以上にすばらしいことを知った。

 時代は2075年以降の未来で、宇宙航行が当たり前になる中で、地球周囲を回るロケットや器具などの破片や残存物など宇宙ゴミが原因で大事故が頻発して問題になっていた。そのデブリを片付けるデブリ屋の姿と活躍と、その中の主人公ハチマキが木星エネルギー開発探査ロケットの乗員になっていく。そして代替要因だった女性タナベと結ばれる、宇宙の中で生きるとは何かを描く。ハチマキのビックリの野放図なオヤジも最高の宇宙船機関乗務員として機関長に選出される。

 宇宙ですら戦争に向かうバカ人類の愚かしさと、宇宙の中で生きる人類の孤独、そして愛をしっかりととらえているのだ。これはすばらしい。

 アニメでこれはだめだというのは、ストーリーを変えてテロ組織ばかり追って戦争を起こす国家の愚かしさをちゃんと描いてないこと。
 それと家で待つ妻というステロタイプのラストにしてしまったということ。ラストがタナベが嫁として、ハチマキの実家で妊婦として出発を見守り、姑がハチマキの赤ちゃん時代の服を洗い乾かすでラストになるではどうしようもない。妻は家にいるものというロコツな、古い思想で描いているのだ。宇宙アニメでも男は古いふるい。もうビョーキですね。

 漫画では、ハチマキが出発して1年半後に木星に到着した人類初スピーチを悩んだ艦長のいろいろのドタバタがあって、ハチマキが選ばれ述べて、その日もタナベはデブリ屋の仕事にきちんと行き、船内でモニターで見る。

 ここではきちんとハチマキとタナベが、宇宙の中で生きていく二人だときちんと描いている。こうでなくちゃ。
 事件とアクションをテロを中心にしたのは、リーダーが中東のしかも石油が枯渇した後の小国の人だからだ。そして宇宙戦争を起こしてこれまでの10倍くらいのデブリ、宇宙ゴミをばらまいて勝利宣言をした大統領がアメリカという設定だからだ。

 ただしテロを行うのは、先進国が宇宙のエネルギーをも独占しようとしているのに反対するためであり、こちらの方もそれなりにテーマとしてはおもしろかったが。
 漫画では、自分らの宇宙進化のためにどうしてもエネルギーが必要で月や小惑星に求め、ついには木星に行く人類の業を描いている。

 それと、作者幸村誠は宮沢賢治を愛読してたびたび詩が登場するがその影響か、宇宙と人類と神の問題を正面から描いている。ガガーリンは日本では「地球は青かった」という言葉で有名だが、実はその後に「私は宇宙を見回してみた。しかし、そこに神はいなかった」と述べていて、無神論の共産国の発言として欧米に衝撃を与えたのだ。この言葉だけを引用している。

 それでラスト近くに、宇宙開発の利己的な鬼となった科学者の言葉として「真理の探究は科学者が自らに課した使命です。「本物」の神はこの広い宇宙のどこかに隠れ我々の苦しみを傍観している。いつまでもそれを許しておけるほど私は寛容な人間ではない。」
「神が愛だというのなら、われわれは神になるべきだ。さもなくば、われわれはこれから先も永久に真の愛を知らないままだ。」

 それに対してハチマキはスピーチでデブリ屋をやっていたがきつくて危なくて人手は足りないし何より地味だ「金のためにやってんだ、こんなのは今だけだと翌自分に言いきかせてました。金を貯めたら宇宙船を買ってこの宇宙を自由に駈けまわるんだ。宇宙船があれはどこへだって行ける。本当の自由だ。でもスッゲーがんばんないと宇宙船なんか手に入らない。マジにならないとダメなんだ。だからオレはそれ以外のことはいっさいしないと決めた。それ以外のことを考えるのはやめようと思った。でも、愛し合うことだけがどうしてもやめられない。いいか悪いかは知らないがとても強い力だ。核融合なんて目じゃない。人間はみんなスゲー力を持ってんだ。素晴らしいことだしおそろしいことだと思う。」と宇宙愛宣言をして地球に戻ったらデブリ屋に戻ることにする。

 人間が思い上がって神にならなくとも、すでに愛の力を知っていることを宣言するのだ。孤独では生きられず愛し合うことで生きることを自覚したのだ。そして終わる。

Wikipediaプラネテス
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【2008/03/30 20:04】 | 漫画・アニメ
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