今日は阪神淡路大震災の日、14年目の祈念日。しかし、これだけ年月がたつと多くの人が忘れてしまう。鎮魂と追悼一色だ。

 私たちは何ができなかったか忘れてはならない。この間にも大地震は起きているが都市直下型はなかった。いかにすさまじいことになり行政や社会の仕組みが機能しないか私たちは眼前でみた。

 特に四川大地震で、海外の災害派遣をなかなか受け入れないのを、行政が機能しないと日本で文句を言っていた。しかし、日本でも検疫上の理由だとスイスの救助犬派遣の申し出を税関で4日間も止めていたのだ。それで建物の下敷きになった人は救助は3日以内なので間に合わなかった。マンガだ。なんて悲惨なマンガだろう。
 非常事態宣言をすればよかったのだが、当時村山首相だが、首相官邸にろくに情報が入らない仕組みになっていたのだ。だから対応できない。首相もテレビで見ていただけなのだ。だから状況がまるでわからず、判断のしようがなかった。後で批判されたが、自民党の政権でも同じだろう。

 もう引退された北村前芦屋市長に、聞いたのだが、兵庫県も40億円かけた防災無線システムが肝心の県庁舎が耐震性がなくて壊れてしまい、作動しなかったのだ。何の役にも立たない。

 しかも芦屋市が災害で焼け出された人のために災害用仮設住宅を建てようとするが、公園や小中学校のグラウンドなど建てても、狭い密集した市街なのでとても土地がない。ちょうど市内に埋立地があり兵庫県の事業なので大きな空いている県有地があった。それを貸してほしいと言ったら、兵庫県はにべもなく断った。自分たちの計画があるからと。
 災害時にみんな焼け出されて寝るところもないのにだ。いずれの計画などあるのは当たり前だが、それで断るとは何事だろう。 北村前市長に、聞いたのは地震後何年も後だが、まだかんかんになって怒っておられた。でも保守側の人間という立場のせいか、限られた場所でしかそういうことは言われない。

 そして北村前芦屋市長が言われた。市長会などでトップが付き合いのあった自治体どうしが、行政界を超えて助け合ったのだ。これが一番役に立った。四条畷市は、膨大な死者が出て、焼くこともできない状態のとき、芦屋市に手を差し伸べて運んで自らの焼き場で焼いてくれた。
 1万人近くも庁舎に集まり非常時の食料もあまりに被災市民が膨大で2日でなくなり、餓えそうになったとき、頼むと奈良市や橿原市は、総力をあげておにぎりと料理を作り届けてくれた。本当に感謝にたえないと言っておられた。
 これは芦屋市のことだけではないが、消防もまだ協定もなかったが多くが駆け付けた。

 あの震災の時は、多くの人々のネットワークが助けたのだ。今は、助け合う仕組みは整備された。でも法律や制度を振りまわすのは兵庫県だけではない。はたして次はどうなるか。法律や制度はあっても、温かいネットワークがないと命をこめられず人々は救えないのだと思う。

鎮魂と追悼をこめて。しるします。
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【2009/01/17 13:29】 | 災害
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