『童話を書きたい人のための本』上條さなえ 角川学芸出版

 深くふかく感じてしまった本。本屋で見つけて、ひさしぶりにどうあっても手から離れなくなった本。

 上條さんがなぜ童話を書くようになったか。「童話を書くことによって、長年の劣等感から解放され、癒され、他人にもやさしくなれた一人の中年女性作家の記であります。」それが心に突き刺さってその痛みが私を打ったから。

 上條さんは、中学校時代まったく学校でしゃべらなかったそうだ。それでいじめにあう。なぜしゃべらないのかホームルームで2週間にわたり討議されたほどでした。しかし、10歳の小学校5年生までは明るくよく笑い木登りの好きな活発な少女だった。なぜそこまで変わったか。

 それは、小学校5年の時でした。高尾山に楽しい遠足に行って小学校に帰ると、父親がボストンバッグを下げて待っていた。今日から2日お泊まりしなくてはならなくなったというのだ。親友のがおちゃんにさよならする、と言うのに2日お泊まりするだけだし、急ぐからと、そのまま行った。その時が上條さんの楽しかった小学校時代の終焉だった。親友にも最後なのに何も言えなかった。

 その晩、宿屋で父親から事業に失敗して帰る家がないことを聞かされた。そして半年間いろいろな家に預けられた。そして父親の元に戻ると池袋の簡易宿泊所を転々とするホームレスになった。さらに半年たった家を出てから1年後にもう一度5年生をやり直すという条件で千葉県の養護施設に送られた。放浪の日々というだけでも10歳の子供には耐えられない生活なのに、自分が私生児だということも聞かされた。そうしてめったに笑わない無口な少女となって残りの小学校生活を過ごした。そして養護施設でも激しいいじめの対象だった。

 出生と少女時代の過去を隠すようになって、大学を出て小学校教員となったが、青春時代なのに幸せではなかった。それで幸せでない自分が、心から子供たちを愛せないので、教員には向かないと辞めた。いつの日か子供たちを愛せる人間になろうと心に誓う。
 そして結婚して妻になり、出産して母になって幸せの切符を手に入れたと思う。人並みな人間になれたと思う。でも劣等感から解放されない。どうしても夫にすべてを話せない。まだ父母が生きていた。それでまた過去を隠す。

 31歳のとき、夫の勤務先の山梨県甲府市の地方紙で投稿童話欄に応募を始める。そして童話を書くことで少しずつ癒される。6年後童話が出版され、それから21年たって50冊の童話の本を書いた。そして58歳になってようやく自分らしい10歳の日の少女に戻れたような気がするようになる。

 しかし、いかに上條さんの心の傷が深かったかを思う。昔のテレビドラマの「家なき子」でもひどい目にあう子などは出てくるが、現実の子供たちの心の傷はあまりに深い。

 上條さんがこの本を書いたのは、人が人としてのやさしさを見失い、ギスギスとした人間関係に悩む時代だからこそ、格差社会の中で、本来の心を取り戻してもらいたい、と考えたから。ということ。
 つまりは、ひどい時代に生きているからこそ、童話を書くことが必要なのではというのだ。

 運動や反撃しても人は厳しい現実の中で激しく傷つく。ニュースを見てもそこから血が出るのだ。普通ではいられない。そして癒しが必要なのだとわかる。それはいろいろあっていい。

 みなさん、ぜひ癒しの方法を探してほしい。何か必要なのだ。

あとがきから「この本を読まれた方全てに倖せの風が吹きますように」

【2009/02/08 23:57】 | 奈良たかし・本の話
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