派遣切りで行き場所をなくした人たちのために設置された日比谷公園の年越し派遣村は、食事や泊まる場所の提供、再就職や住まいの相談をしてきたが、1月2日までに宿泊希望者が253人に達した。実行委によると、入村したうち223人が公園内に設置したテントに宿泊した。

09/1/1 日比谷公園 年越し派遣村09年1月1日 日比谷公園 年越し派遣村
  しかしもう対応できず午後に、宿泊場所を確保するよう厚生労働省大村副大臣に「学校の体育館などを緊急避難所として開放するよう」湯浅誠村長が申し入れた。その後のコメントは「民間としてできる限りのことをやってきたがもう限界です。行政側には本当の意味での非常事態としての認識がないのでは」と批判した。そうしたら、公園前にある厚労省庁舎の2階にある講堂を開放した。同省講堂には2日午後8時すぎ、布団などの荷物の搬入が始まった。

 湯浅 誠村長は「あす以降は宿泊希望者はもっと増え、限界に来る。政府は開村から3日目にようやく講堂を開放した」と対応の遅れを批判した。一方で「皆さんの声が国に届いた。歓迎したい」と話した。
 しかし、講堂の使用期間は、同省が業務を開始する5日月曜日の午前9時がタイムリミットに。

 なんていうことだろう。それを開放をNHKは決断で美談のように伝えたのであきれてしまった。これは国と厚労省の無策の果ての貧しい結果なのだ。こうなるとわかっているのに官僚たちは何をした。何もしないでただ漫然と放置しているだけではないか。こういうことは、本来、国や自治体がやらなければならないことだ。

 それを命にかかわることだと役人たちは分かっていない。知ってても目にも入らないのだ。だいいち舛添厚生労働大臣は厚労省庁舎の目の前の日比谷公園に視察も来ない。管直人が視察に来て携帯電話で、舛添大臣に、学校の教室を開けたり、そこで100~200人分の調理ができたらなど、対策せよ、と要求されているありさまだ。このときは、河村官房長官にも電話し、対応を要請。東京都中央区の矢田美英区長にも協力を求め、同区は廃校になった小学校2カ所を開放することになった。しかし総理や閣僚はなぜ動かない。

 麻生総理は、河村官房長官にできるだけの対応を指示したというが、なにも目立ったことはやっていない。

 このままだと行き倒れが、何万人と出る。臨時に学校の教室を開けるのもいい。そして、埋蔵金から300億円ほど出して、臨時宿泊所の建設にすぐ入るべきだ。公園や埋立地の空き地があった。それを使えば。手はいくらでもある。
1月2日0時過ぎ 夜の日比谷公園年越し派遣村
1月2日0時過ぎ 夜の日比谷公園
年越し派遣村

 金がないから遠くからは来られない。東京日比谷周辺、中央区とそのまわりだけで泊まるところのない人があふれているのだ。他に全国いっぱい地方でいきなり追い出されて泊まるところもない人が山のようにいる。それを取材に行ってくれ。新聞テレビは全力を挙げて義捐金活動をすべきだ。募金に企業を回ってくれ。日本経団連に行ってくれ。

 麻生総理のところに行こう。舛添厚労大臣のところに行こう。国民の命を守るのが彼らの役割だ。それをどうしているのか聞こう。

 1月3日に、講堂の使用期間、同省が業務を開始する5日月曜日の午前9時になっても行き場がなく、退去させないてほしいと申し入れた。何度でも言うが、これは国と自治体がやらねばならないことで無策など許されないことなのだ。


2009年1月1日朝日新聞からの引用
http://www.asahi.com/
kansai/sumai/news/OSK200812310034.html


非正規労働者らの年越し支援、各地で食事や居場所提供
(2009年1月1日/朝日新聞)

 「派遣切り」などで仕事と住まいを奪われた労働者に、食事と居場所を提供する「年越し派遣村」が31日、東京の官庁街の近くにある日比谷公園に開村した。労組や市民団体による実行委員会が年越しそばなどを出し、労働・生活相談に乗った。

 この日、非正規労働者ら約130人が「村民」として登録。駆けつけた約360人のボランティアらが炊き出しや届いた支援物資の運搬、銭湯への案内を手伝った。

 ビル街の夜景がまばゆい大阪市北区の扇町公園でも同日夕、炊き出しがあり、ボランティアの若者らが約80食分のビビンバと豚汁を振る舞った。食事の後、若者らとたき火にあたった男性は「いろいろと苦労があるけど頑張っていかないと」。

     ◇

 大みそか、「派遣切り」などで不安な年越しを迎えた各地の労働者たちは、支援者たちが用意した居場所にひととき身を寄せ、温かい食事で体を温めた。

 東京・日比谷公園の「年越し派遣村」を訪れた男性(41)は、大手自動車メーカーの群馬県の下請け工場で派遣の仕事を切られたという。約2カ月間、ネットカフェや野宿でしのいできた。所持金は1千円ほど。温かい食事や寝場所が確保できると聞き、大みそかに身を寄せた。

 「『このまま野垂れ死んでもいいかな』と思った時もあったが、今ほど人の情けを感じたことはない」

 実行委員会によると、寄せられた30件の相談では、所持金ゼロや数十円という人も多く、ほとんどが生活保護を申請する必要がある。山口県や新潟県で仕事を失い職探しのために東京に来たが、行く当てもなく途方に暮れている人もいたという。


 広島市の市民団体「野宿労働者の人権を守る広島夜回りの会」は31日夕、広島市民球場前で路上生活者ら約50人におせち料理と温かいお茶、携帯カイロなどを配った。

 解体工事などをしていた男性(45)は給与が少ないので派遣会社を辞め、9月ごろからJR広島駅前の地下街で暮らしているという。「通行人の視線や声が気になり、路上生活は嫌だ。とにかく働きたいと思うが、すぐに切られる派遣は……」と不安を漏らし、「安心できる正社員として働きたい」と話した。

 大阪市北区の扇町公園の炊き出し会場では、最大30人が寝泊まりできる三つのテントを公園内に張った。「派遣切り」で利用者が増えるのを見越し、追加のテントも二つ準備して5日朝まで提供する。

 周辺を夜間パトロールして野宿者を支援しているボランティアの男性(28)によると、1年前から、派遣切りにあったという20~40代の人が目立つようになったという。男性は「みんなで助け合って厳しい冬を越したい」と話した。



1月2日の年越し派遣村の全体集会の様子です。


【2009/01/03 02:47】 | 政治・経済
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