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この方の文章の転載です。 施 光恒(せ・てるひさ)政治哲学者@九州大学 大学院比較社会文化研究院准教授。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2013/02/08/se-6/
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おはようございます(^_^)/

最近、何かと「体罰」が話題になっていますね。

周囲の学生などに訊くと、「体罰は日本の伝統」
だと考えている子が多いようです。マスコミの議論でも、体罰は、「日本型組織運営の伝統」などと断定しているものを見かけました。

これ、間違いです。
(`・ω・´)キリッ

体罰は日本の伝統なんかではありません。むしろ日本のしつけや教育は、体罰を使わないことで、欧米人に驚かれることが多かったのです。つまり日本の伝統は、むしろ体罰を用いないところにあるといえるでしょう。

渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー、2005年)では、日本の温和な子育てについて、昔の多くの欧米人の記述が引用されています。

たとえば、戦国時代(16世紀)に日本を訪れたポルトガル出身の宣教師フロイスは次のように記しています。

「われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ言葉によって譴責するだけである」。

江戸時代以降でも同じだったようです。

「注目すべきことに、この国ではどこでも子供をむち打つことはほとんどない。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船(長崎から江戸への船旅)でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった」(18世紀後半に日本を訪れたスェーデン人ツュンベリ)。

「日本人の性格として、子供の無邪気な行為に対しては寛大すぎるほど寛大で、手で打つことなどとてもできることではないくらいである」(19世紀前半の日本を訪れたオランダ人フィッセル)。

「私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい」(19世紀後半(明治初期)の日本をみたアメリカ人モース)。

実際、江戸時代の子育ては、非常に温和で、子供を大事にしたようですね。
( ^^)/(^^) ナデナテ
「溺愛」といっていいほど子供をかわいがり、その一方で子育てに対する人々の知的関心も庶民にいたるまで高く、数多くの育児書が出版されていました(中江和恵『江戸の子育て』(文春新書、2003年))

日本における体罰の歴史を研究した江森一郎氏によると、江戸時代の始め(17世紀前半)ごろから、日本人は、家庭や学校(寺子屋など)で体罰をほぼ用いなくなったそうです(『体罰の社会史』新曜社、1989年)。

上記で触れた日本を訪れた欧米人の言葉からもわかるように、同時代の欧米や中国ではムチで打つなどの体罰がさかんだったため、体罰の少なさは、日本のしつけや教育の際立った特徴でした。

江森氏は、庶民教育を担った寺子屋では、罰として、居残りさせたり、立たせたりすることは行われていたようですが、体罰は非常に少なかったと推測しています。

藩校など武士の教育機関でも、同様だったようです。武士は誇りを重んじ、体罰は体面を傷つけると考えられたことから、武士の教育でも体罰はあまり用いられなかったというわけです。

江森氏は、「武士のモラルがわかり興味深い話」として次のエピソードを紹介しています。

明治六年に、できたばかりの日本の海軍兵学寮(のちの海軍兵学校)は、英国海軍少佐ドークラスを招聘し「新兵学寮規則」を制定しました。ただ、その際、佐賀藩士出身の校長・中牟田倉之助は、英海軍式の鉄拳制裁を、「武士の伝統と作法を説き、頑として受け付けなかった」そうです(江森氏が参照している元ネタは、鎌田芳朗『海軍兵学校物語』(原書房、1979年))。

つまり江戸時代には、庶民も武士も、子供への体罰を強く嫌っていたといえるでしょう。

明治12年(1879年)に教育令が定められるのですが、そこには「凡そ学校に於ては、生徒に体罰を加うべからず」(第46条)と体罰禁止規定が明文化されました。

日本が体罰禁止規定を法文化したのは、欧米の大多数の国々よりむしろ早かったのです。江森氏によれば、「学校体罰法禁の西欧最先進国であるフランスでさえ、(日本の)教育令の規定より8年遅れている」のですから。

日本の学校で体罰が結構みられるようになったのは、1930年代から第二次大戦中にかけてのようです。
近代化が進み、江戸の記憶が薄れてきたころから、まず日本の軍隊が徐々に変質し、鉄拳制裁が行われるようになった。そして、その影響が、学校での軍事教練などを通じて、次第に、1930年あたりから学校教育の現場に伝わった。そのように描けるのかもしれません。

この点について、著名な文化人類学者・梅棹忠夫氏(1920年生まれ)は、あるシンポジウムで、自身の体験にもとづき、「一つの証言」として体罰について次のように述べていました。

「私は、1920年代に幼稚園、小学校教育を受けた、まさに戦前の非民主主義教育を受けた人間ですけれども、私の記憶の中には、たたかれたという記憶は一切ありません。…体罰というのは考えたこともない。全然ありません。…日本はもともと幼児に対する観念が(欧米などと)非常に違うんだ。たたいたりはしない」(梅棹忠夫・栗田靖之編『知と教養の文明学』中央公論社、1991年)。

同じシンポジウムで、日本政治思想史の研究者・渡辺浩氏も次のように述べています。

「ある人の説なのですけれども、体罰というとまず思い出すのが軍隊における私的制裁ですが、それがいつごろ帝国軍隊ではじまったかというと、第一次大戦後ぐらいからだという。明治時代にはやらなかったというのです。

それまでは士族が多かったので、その感覚が残っていた。侍の上位者がその下の侍の顔をなぐるというのはちょっと考えられないというわけです。侍は名誉心が非常に強いですから、人格的な屈辱を与えちゃまずいのですね。そうすると死に物狂いで反抗してくる可能性がある。たとえ主君であっても家来の侍を人格的に侮辱すると、死に物狂いに反抗しうる。

軍隊の私刑は…、…むしろ武士的なものがなくなってから軍隊ではじまったんだという説があるのです。それが1930年代になったら、学校教育へ還流してきたと言えるのかもしれません」(同上書)。

戦後は、どうなんでしょう。

読者の皆様のなかにも、個人的体験から、「結構、先生にたたかれた」という人、あるいは逆に「ほとんどたたかれたりしなかった」という人が、それぞれいらっしゃるんではないかと思います。

一般的には、日本の家庭や学校でのしつけや教育(特に初等教育)は、意外だと思われるかもしれませんが、欧米と比較して、温和で、情緒や人間関係を大切にし、非権威主義的だと言えるようです。

たとえば、アメリカの教育学者キャサリン・C・ルイス氏は、現代日本の学校教育、特に初等教育をとても高く評価しています。

ルイス氏は、日本の親や教師は、アメリカに比べて、頭ごなしに命令したりルールを押し付けたりするなど権威主義的にふるまうことが少なく、子供の自発性を大切にしている、学業面だけではなく情緒や共感性や意欲など全人格的発達を重視している、と論じています。

また、そういう日本の教育の良さは、江戸時代以来の日本の伝統的な子ども観や教育観の影響が大きいとルイス氏は述べています(土居健郎、キャサリン・ルイス『甘えと教育と日本文化』PHP研究所、2005年。ま たはLewis, C. C., Educating Hearts and Minds: Reflections on Japanese Preschool and Elementary Education (Cambridge University Press, 1995)。
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【2013/02/12 18:23】 | 社会、考えたこと
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仕事学のすすめ・選 秋元康 ヒットを生み出す企画力 <全4回>という教育テレビの勝間和代が聞き役で秋元康の仕事術を特集した番組が今日20日午後3時から4時36分まで4回まとめて放送された。

 第1回 あえてリサーチしない発想法
 企画はリサーチしない、最大公約数になって自分の色は出せない。日常の中から自然に拾っていく。生み出すのではなく気づく。

 第2回 マーケティングは役立たない
 予定調和をこわす。通常のマーケティングは役立たない、多くの人のニーズを満たそうとすると、一般的なものに埋没してしまい、それは目立つものにはならない

 第3回 負けても目立つ自己プロデュース
 企画会議で自分を演出する方法。自己プロデュースは全身で行う。企画を通すために強引な説得はしない。深追いしない。「コツコツと実績を積み上げるなかで、相手も自分を信用してくれるようになる」その信用のために、あえてリスクやマイナス面も説明し、ウソはつかない。「企画には正解がないのだから、自分の企画に自信を持ち、価値観がぶれないことが、何よりも重要」
 こういうことがやりたいとよくいろんなところで人と雑談で話す。夢は語らなければ始まらない。賛同者が集まるまで待つ。パーティで名刺を配るなど無駄。人脈術などない。人脈は普段の生活で振り返ると人生の中でできている。仕事は企画と机の上で生まれる。何をやるかだ。仕事をしてない人と無駄話をする。
 失敗したらバットは短く持ち確実に当てるようにする。映画がうまくいかないときホラー映画なら当てやすいので作る。

第4回 仕事の壁は乗り越えるな
 特別な人はいないし強く生きられない。乗り越えることはできない。少し動けば切れ目はあり入ることができる。無理なことはすぐあきらめる。できたことの98%は運で才能と努力は各1%。ほとんどは運。才能は変わらない。手を伸ばして自分は運・ジャンケンが強いと思いこめば手は届く。

 実に面白い。多くの人が見られてなるほどと思われたでしょうあるいは人から聞いたりこういう風にネットで読んで見たいと思われたかも。

 ところがである。私も面白かったが勧めない。

 これは、才能のある特別な人のことなのだ。末尾のwikipedia「秋元康」からの引用をもう一度じっくり読んでほしい。いかにすごい才能のある人かわかるではないか。それを言葉巧みに語るものだから誤解を招く。私にもできると思い込ます番組なのだ。

 みんな凡人だからリサーチしてそれをひねる。あるいはマーケティングして少し違うものを出す。あるいは企画会議と売り込みで粘る。秋元さんのように自然体で日常から企画を取り出せ育てられるのは特殊な才能なのだ。

 凡人の雑談交じりの提案にだれが耳を傾け、気にかけてくれるだろうか。

 勝間和代さんの著作や言動に煽られて、努力しさえすればステータスアップすると信じて疲労困憊して燃え尽きてしまうという信じがたいカツマー症候群の女性が増えたので、精神科医の香山リカさんは『しがみつかない生き方』という本で、「勝間和代を目指さない」と一章を設けた。そして努力さえすれば勝間さんのようにだれでも成功するわけではないのだから勝間和代さんに喧嘩を売って批判した。

 ところがもっと大規模に勝間和代に秋元康を加え最強コンビでNHKがテレビで宣伝するわけだ。これは真似したら秋元康マニアと名づけたがそういう病気で多くの人が燃え尽きる。だから勧めない。見るにしてもそういうもので特別な人のものだということを忘れないことだ。しかし、実に罪深い番組だ。

 ただしである。「パーティで名刺を配るなど無駄。人脈術などない。人脈は普段の生活で振り返ると人生の中でできている。」それだけはわかる。異業種交流やパーティでの名刺配りなどほとんど何もならない。人脈などそれでできない。

wikipedia「秋元康」より引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E7%A7%8B%E5%85%83%E5%BA%B7


●人物
中央大学附属高等学校2年生だった1973年の冬、受験勉強に集中出来ず、何気なくニッポン放送「せんだみつおの足かけ二日大進撃!」を聴いていたところ、『この程度なら自分にも書ける』と、受験勉強用に用意したはずのノート20数ページに渡ってせんだを主人公とした平家物語のパロディーを書き上げた。同級生の友人の薦めにより、その
ノートをニッポン放送へ送ったところ、当時ニッポン放送社員であった亀渕昭信と大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属していた奥山伸の目に止まりその才能を見出され、ニッポン放送へ遊びに来るように言われ、出入りするようになるうち、奥山の弟子となり、大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属。当時17歳の高校生でありながら放送作家として活動を開始したのが、この業界に入ることになったきっかけとされる。

高校卒業後は、中央大学文学部へ進学したが、放送作家としての活動は継続しており、大学にはほとんど通っておらず、単に籍を置いていただけであった。やがて、放送作家一本で生きていくことを決意、大学は中退している。後に、高校生・大学生としては異例なほどの収入があった、と当時のことを回想している。

その後、放送作家に物足りなさを感じていたところ、1981年、Alfeeの楽曲の「通り雨」のB面の曲を作詞する機会を得て、坂崎幸之助と高見沢俊彦が作曲した「言葉にしたくない天気」で、作詞家デビューを果たした。これを機に、作詞家としても活動を開始するようになった。翌年には、筒美京平が作曲した稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」の作詞をし、作詞家・秋元康として世にその名を知らしめた。

放送作家・作詞家になったきっかけやエピソードについては、1988年発刊の自伝小説『さらば、メルセデス』にて書き上げている。

放送作家として「オールナイトフジ」「夕やけニャンニャン」を手掛けたことで知られる。とんねるずやおニャン子クラブの仕掛人とも言われるが、おニャン子クラブについては共同作業であるとし、自分は仕掛け人ではないと説明している[1]。また、作詞家として、とんねるずやおニャン子クラブなど数多くのアーティストの楽曲の作詞を手がけるほか、作家や映画監督など多くの分野でも活躍している。

2005年4月、京都造形芸術大学芸術学部教授に就任。2007年4月1日より、同大学副学長に就任した。

●作詞家
作詞家としての作品の総売上は、4,000万枚を超える。
作詞家として最もヒットしたシングルは、とんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」(ミリオンセラー、オリコン調べによる)である。
作詞家としてのデビュー作品は、大杉久美子の「タコローダンシング」(アニメ『とんでも戦士ムテキング』の挿入歌。1981年1月25日発売のLP『とんでも戦士ムテキング ムテキングとんでもジョッキー』収録)である。
作詞家としては、とんねるず、稲垣潤一、崎谷健次郎、石川優子、少女隊などに20曲以上提供するなど、ジャンルの異なるさまざまな歌手に詞を提供し、メッセージソングやパロディソングばかりでなく、美空ひばりの「川の流れのように」など、シリアスな曲も多数書いている。また、猿岩石の楽曲とアニメソングの作詞を担当する際に「高井麻巳子は良妻」をもじった高井 良斉(たかい りょうさい)のペンネームを用いている(ただし、アニメ『ケロロ軍曹』関連の楽曲の作詞では、秋元康の名を使っている)。
新潟県のテレビ局、新潟テレビ21のかつてのテーマソング「いとしのキャサリン」の作詞も手がけた。現在、作詞した作品では唯一の放送局のテーマソングである。

●小説家、映画監督
放送作家、作詞家活動以外に、小説、映画監督、ドラマ脚本などを手掛ける。また、構成作家として番組参加をしていた『夕やけニャンニャン』出演時には「天才!秋元康の〜」とタイトルがつく自分がメインのコーナーを持っていた。
映画監督あるいは企画者として、手堅いキャストに当時のトレンドを盛り込んだ多くの作品を世に送り出した。
小説家としては、恋愛物を得意としていたが、産経新聞紙上に連載され、2006年に単行本として出版された『象の背中』で、従来の著作から大きく飛躍し、作家としての力量と才能を改めて示した。末期の肺癌で、余命半年と診断された48歳のサラリーマンの心情と生き方を描いた本作は話題を呼んだ。
また、マンガの原作も手掛けており、『OH!MYコンブ』や『あずきちゃん』が主な作品である。『OH!MYコンブ』には、海苔巻きのかぶりものをかぶって料理対決などの司会をする「秋本おすし」なるキャラクターが登場する。モデルはもちろん秋元本人である。

●エッセイ
恋愛に関しては独特のスタンスを持ち、恋愛に関するエッセイや恋愛論を語る自らのラジオ番組などで、持論を展開している。

●プロデュース業
おニャン子クラブの成功の後、いくつかのアイドルユニットのプロデュースを手がけ、奇抜なプロモーション戦略で話題を作る。2005年に「AKB48」を仕掛け、世間の話題を集める存在に成長させた。
1998年、家庭用ゲーム機メーカーのSEGAが社運を賭けて開発したドリームキャストの宣伝戦略プロデューサーを担当し、SEGAの社外取締役にも就任した。自虐的なテレビCMが話題となる。
2004年11月、ライブドア傘下のコンテンツ配信会社サイバーアソシエイツの取締役に就任した(ライブドアに一連の不祥事が発生したため、辞任)。
2005年、日本郵政公社の「手紙ドキドキプロジェクト」の総合プロデューサーになり、オリジナルネットシネマやキャンペーンソングの作詞を手がける。
2005年5月、東京ドームで行われた、韓国人俳優イ・ビョンホンのイベントの総合演出を行う。2007年秋に、日本全国4ヶ所で行われた、イ・ビョンホン『アリーナツアー』の演出を担当。

 

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【2010/06/20 22:20】 | 社会、考えたこと
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taka
凡人が雑談でいくら提案しても気にかける人間など居ないとのことだが貴方の様な凡人と非凡な人間との違いはそこに有るのではないだろうか
自分が到達したい目標とは時には人の力や縁に頼らないと実現できない物だと思う
そこで自分の夢を人に雑談交じりに語ると云うのが生きてくるのでは?
秋元氏は別に才能に恵まれた天才等ではないのでは?
優秀なビジネスパーソンとの印象だが・・・
確かにあれ程実績を積みながら己の成果に胡坐をかくことなく全く己の事業や利害に関わらない人間に対しても異常なまで低姿勢で居られるのは非凡とも言えるであろうし才能でも有るだろう

マスコミやネットの情報のみで批評するのは
とても危険では?
それに秋元氏と勝間女史がセットになり凡人を誤った方向へ扇動しているかの様な記述が有るが私の私見では秋元氏は勝間女史の発言に対し賛同し共に扇動して居る様に見えないのだが・・



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 11月13日に日本の動画投稿サイトに対してでは最も厳しい判決が出た。

 それは、動画投稿サイト「TVブレイク」を運営するジャストオンライン株式会社に対して社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)が提訴していたもの。

 これは、ジャストオンライン株式会社が著作権を侵害する投稿に対して一切の対策や削除などの対応を取らず放置容認していたというものに対してだった。
 提訴内容はJASRAC管理著作物を含む動画ファイルの送信差し止めと損害賠償金1億2000万円余の支払いを求める内容。

 それに対しての東京地裁の判決は、提訴を全面的に認め、判決は会社と代表者に、9千万円の損害賠償を命じた。一罰百戒というものだ。
 判決では、「TVブレイク」を厳しく断罪し、

本件サービスは、本来的に著作権を侵害する蓋然性の極めて高いサービスであるところ、被告会社は、このような本件サービスを管理支配している主体であって、実際にも、本件サイトは、本件管理著作物の著作権の侵害の有無に限って、かつ、控え目に侵害率を計算しても、侵害率は49.51%と約5割に達しているものであるところ、このような著作権侵害の蓋然性は被告会社において予想することができ、現実に認識しているにもかかわらず、被告会社は著作権を侵害する動画ファイルの回避措置及び削除措置についても何ら有効な手段を採らず、このような行為により利益を得ている」、とした。
 つまりは、著作権侵害の投稿が49.51%と約5割に達しているのに何もせず利益を得ていた、ということなのだ。

 他の国内の動画投稿サイトに対して、日本著作権音楽協会(JASRAC)は、プレスリリースで、
「動画投稿(共有)サイトにおいては、同社以外の事業者の多くが、適法なビジネスモデルを目指して自主的に権利侵害動画を削除し、または権利者の許諾を得て適法に配信するなど、著作権侵害の発生防止措置を講じております」
「 なお、現在、日本の動画投稿(共有)サイトは、約60サイトが確認されており、そのうち25のサイトとJASRAC管理著作物の利用許諾契約を締結しています。また、残りのサイトの多くは、権利侵害動画を自主的に削除するなど、管理著作物を利用しない方針でサイトを運営しています。」

 実は私も「TVブレーク」はやりすぎであると思う。しかし、他の国内動画サイトもグレーゾーンの中にいるはずなのに、えっ、本当かなと言いたいくらい他サイトに対して評価が高い。

 それと、損害賠償金額が異様に高い。包括契約だと、YOUTUBEやニコニコ動画のように「収入の1.875%」でいい。恫喝のためにこの損害金は、1曲1回という使用料に基づいて算出されていると疑われるのだ(1億2800万余÷381万2198回再生=1回あたり約33.5円)それを東京地裁も何も考慮せず若干割り引いた形で9千万円という超高額な賠償金となった。あまりにおかしいではないか。

 こうしてみると他の動画投稿サイトは安心して利用できるし、違法画像など無いと、著作権の番人としては最も権威が高い社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)がお墨付きを与えたということなのでは。ふるって利用したいと思ってしまうが。

「TVブレイク」
http://www.tvbreak.jp/

社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)プレスリリース

http://www.jasrac.or.jp/
release/09/11_1.html


動画投稿サイト「TVブレイク」に9000万円の損害賠償命令--著作権侵害で2009年11月13日

http://www.asahi.com/digital/
cnet/CNT200911130054.html


 東京地方裁判所は11月13日、動画共有サイト「TVブレイク」を運営するジャストオンラインに対し、社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)が著作権を持つ著作物などの動画ファイルの送信差し止めを命じた。また同社と代表者の今崎善秀氏に対し、著作権侵害による損害賠償金9000万円の支払いを命じた。

 JASRACは2008年8月6日、ジャストオンラインらを被告として、動画ファイルの送信差し止めと損害賠償請求1億2000万円の支払いを求める訴訟を起こしていた。

 ジャストオンラインらを提訴した理由について、JASRACでは、ほかの動画投稿サイト事業者の多くが適法なビジネスモデルを目指して自主的に権利侵害動画を削除したり、権利者の許諾を得て配信していたりするのに対し、同社は対応策を一切講ずることなく、「著作権侵害を放置、容認する無責任な運営を継続している」ためだとしている。

 東京地裁はTVブレイクの著作権侵害率が49.51%に達し、著作権侵害が起きていると認識しているにもかかわらず回避措置や削除措置をとらず、利益を得ていた点を問題視。被告らがサイト内の複製、公衆送信の主体であり、プロバイダ責任制限法における発信者に該当すると判断した。


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【2009/11/24 18:01】 | 社会、考えたこと
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 高速水着の素材開発で一躍有名となった「山本化学工業」(大阪市生野区)がこの素材「バイオラバー」のベストやベルトなどを東京都千代田区の「壮快薬品」京都駅前店長と「山本化学工業」の子会社のゴム製品販売会社「ハーキュリーズグループ」(大阪市東成区)の社員説明員2人が薬事法違反で逮捕された。

 京都駅前店で開かれた説明会で「がん細胞を抑制する効果や、緑内障や白内障を治す効果がある」と説明するなどし、女性客(44)にベスト2着を約51万円で販売。7月13日には別の主婦(54)にも同様の効能を説明してベルトを約23万円で販売した。ベストは定価35万7000円、ベルトは同28万6650円。しかも2002年から全国14店舗で月1~2回開いていた。いずれも「ハーキュリーズグループ」から説明員が派遣されていた。これでは完全な詐欺商法である。

 ところが、簡単に終わりそうなこの事件が広がってきた。それは子会社「ハーキュリーズグループ」が「山本化学工業」本社と同一の建物にあり、しかも山本化学工業の山本富造社長(50)が子会社の社長を務めていたのだ。山本化学工業は「社員たちは『がんが治る』などということは話していないと認識している」と釈明している。

 でも何と落ちたものだと思ってしまう。

 ハーキュリーグループのホームページでは、

(●は引用者添加)
http://hercules-group.net/biorubber.html

●バイオラバーとは。
炭酸カルシウムを99.7%以上含む高純度の石灰石をベースとし、独自製法のミクロの気泡によるハニカム構造を持ったラバーに、 希少金属を配合し混入することで、人体に有益なバイオウェーブ(遠赤外線)を放射するのが「バイオラバー」です。

●バイオウェーブとは。
東洋では「気」の一種として認知されており、健常者が発しているのと同じ、4~25ミクロンの波長を持つ遠赤外線レベルの波動のことです。 遠赤外線は有機物に接触すると、熱や電気に変換されて、人体に有用な働きがあります。

●日米の臨床医療学会で数多くの正式発表を行いました。
大学や研究機関とタイアップして開発を進め、国内外の医療学会で機能を正式に発表し、2007年2月、米国ガン治療学会(ASCO)に、 治療法開発が、正式承認されました。

●様々なメディアの紹介で大反響。
新聞やTVなどで取材・報道されています。
また出版物ではバイオラバーの第一人者たちが、バイオラバーの確かな機能を、豊富な実証例とともに詳しく紹介されています。



 この中で、「大学や研究機関とタイアップして開発を進め」となっているがこの大学というのは何と近畿大学だったのだ。しかも今年9月28日にはプレスリリースも発表されている。ただし現在は説明もなく消されている。しかしキャッシュがある。

これもいつ消えるかわからないので転載しておく。
 近畿大学はぜひ説明すべきである。

「バイオラバーのがん抑制効果」に新たなメカニズム 近畿大学医学部の研究グループが解明プレスリリース  (2009年9月28日)

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市、学部長:塩均)の研究グループは、山本化学工業株式会社(本社:大阪市、代表取締役社長:山本富造)が開発した医療用素材「バイオラバー」(学術名:活性型ゴムレジン)が持つとされるがん抑制効果について、これまで指摘されてきた「がん細胞に対する直接的効果」とは異なり、生体内における間接的効果によるがん抑制のメカニズムが存在することを解明しました。

研究グループでは、今後の課題として、他の温熱治療との比較検討と、がん発生予防を目的とした研究が必要としており、これらを検証すべく現在、さらなる研究を進めています。詳細な研究成果は、来年4月に開催されるアメリカ癌学会で報告する予定です。

研究を進めているのは、近畿大学医学部の植村天受教授を中心とするグループ。2009年2月から、「バイオラバーによるがん抑制メカニズムの科学的な解明」を目的に、研究を続けてきました。

今回、行ったのは、がんに対してバイオラバーを短期間、暴露使用した場合のがん抑制効果を、培養細胞を使った(In vitro)実験と動物を用いた生体内(In vivo)実験の双方で比較検討する研究です。

通常、このような研究では、培養細胞を使った実験の方が、生体内実験より、その効果がはっきり出る場合が多いのに対し、今回のバイオラバーを使用した研究では、生体内実験(実際の患者治療に近い実験)の方が、圧倒的にがん抑制効果が大きいという、きわめてまれな結果が出ました。

さらに、複数の分析を重ねた結果、短期的には、バイオラバーが生体に影響を与え、宿主(実験で用いられる生体)自身において、間接的にがんを抑制するメカニズムが存在することを、解明しました。

バイオラバーについてはこれまで、遠赤外線(波長4~25ミクロン)を発信することによる温熱作用、すなわち「バイオウェーブ」による、直接的ながん抑制メカニズムの存在が指摘されてきました。しかし、今回、解明されたメカニズムは、生体内における間接的効果によるという点において、まったく異なるメカニズムとなります。

 
これは、生体内で惹起(誘導)された抗がん作用であることから、今後のさらなる研究によって、将来、実際のがん治療やがん予防の臨床応用に発展する可能性を示唆するものであるといえます。

参考資料山本化学工業株式会社について
http://www.yamamoto-bio.com

「バイオラバー」について
http://www.yamamoto-bio.com/health.html


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【2009/10/22 01:28】 | 社会、考えたこと
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 近鉄桜井駅構内で同級生に殺された関西中央高等学校の浜田知哉さんの葬儀が8日に執り行われた。知哉さんのお父さんの言葉から、なにかあったのだが問題は置き去りにされていたようだ。

 今のところ関西中央高校の側は、学校名をメディアから消すのに必死で、フジサンケイ系のネットサイト「iza」などからも当初学校名が出ていたのに消えてしまった。学校の問題点を洗い出すとか教育的配慮をするとかいうよりは、経営サイドの対応ばかりである。

WEB停止中の学園経営者と校長の冒頭文も末尾に掲載しておく。たしかに私立学校でつぶれるのは嫌なのかもしれないが、学校として最悪のことが起こったのだから、どうしていくかもっと考えてほしい。
 経営トップの冬木理事長は行政とも近しい存在だからそういう力で抑え込もうという発想になる。しかし逃げ回るばかりでは何もならない。
 


桜井の同級生刺殺:浜田さん葬儀 同級生ら抱き合い涙 /奈良

http://mainichi.jp/area/nara/news/
20090709ddlk29040560000c.html


◇父親「時々思い出して」
 桜井市の近鉄桜井駅で私立高校3年の浜田知哉さん(18)が同級生の男子生徒(17)に刺殺された事件で、浜田さんの葬儀が8日、同市内の葬祭場で営まれ、親族や同校の生徒ら約160人が参列した。浜田さんと家族が収まった写真が飾られ、生徒たちは順番に焼香し、抱き合って涙を流す姿も見られた。

 父光市郎さんは「事件が起こった根本的な原因が明かされず、昨年以来、このようなことが起こってしまうまで、問題が置き去りにされていたことに到底納得がいきません」と話した。

 また、浜田さんの事件当日の様子について「母に手を振り、にこっとして学校に出かけた」と振り返り、「一番残念なのは本人だと思う。知哉の命は戻らないが、時々思い出してやって下さい」と締めくくった。

 県警によると、男子生徒は通夜があった7日夜、正座して葬祭場の方向を向いてうなだれていたという。【上野宏人】



  教え子の熱い願いに応えて、自宅において歩みを開始して以来、早や学園は62年の年月を重ねて参りました。
その間、女学院、高校、短期大学、幼稚園そして大学とひたすら教育の道一筋の歩みを続けて今日に至っております。
  関西中央高校も昭和39年女子高校として創立以来、多数の有為な女子を輩出しつつ、更なる発展を期して平成11年度より男女共学校として、新しい夢と希望を抱いて充実した道を歩み続けている今日であります。
「徳をのばす・知をみがく・美をつくる」の建学の精神は、本学園の教育の理念であり、幼児教育から高等教育迄の一貫した道標として遵守して参りたく存じます。
  万葉の息吹漂うこの緑の丘に位置する関西中央高校での出会いが、生徒達の人生にとりまして輝かしい出発でありますことを心より願っております。

学校法人 冬木学園
理事長 冬木智子


高校創立45周年を迎え、関西中央高等学校は、従来よりの特別進学コース・スタンダ-ドコース・アスリ-トコ-スに加え、新たに畿央大学コ-スと、情報・表現コ-スを設け、学園の理念である社会に役立つ人材の育成を目指し一層発展することになりました。
  畿央大学コ-スは、本学園畿央大学と高大連携を強化し、7年一貫教育を実施し、将来、小学校・幼稚園・保育所の先生や看護師のスペシャリストを目指す目的意識を明確にしたキャリア意識の高いコ-スです。
 また、表現・情報コ-スは、今社会で最も必要とされているコミュニケ-ション能力を育成するコ-スで、情報社会にも対応できる確かな力も身につけます。
 本校の生徒たちは今、それぞれの夢に向かって学習に部活動に励んでおり、力強いエネルギ-で満ち溢れています。この頑張りが、国立大学や畿央大学はじめ難関私立大学への合格、野球部の春季奈良県大会準優勝・ソフトテニス部・剣道部・バトン部等の輝かしい活躍へと繋がってまいりました。
 冬木学園は、創設者冬木智子理事長が「徳をのばす」「知をみがく」「美をつくる」を建学の精神とし、個々に敬愛の念を持ち、お互いの幸せを願える人格の形成こそが教育の根本であるという強い信念のもとに創立されました。
  目指すべき教育の目標は、「建学の精神のもと、好奇心、探求心、創造性を持った自立と社会に貢献出来る人材を育成する」ことです。
  さあ皆さん、1000日の高校生活を満喫しながら、未来への確かな展望のもてる高校生活を送りませんか。私たちは全力で君のサポ-トをしていきます。
関西中央高等学校
学校長 藤本眞喜子


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【2009/07/09 23:55】 | 社会、考えたこと
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事件を風化させてはいけないと思います
通りがかり
この学園の理事長一族の方に聞いた話ですが、この一見おとなしそうに見える理事長さんは、権力争いで内外問わず人を死に追い込んできた、奈良の大変な権力者なのだそうです。
そういえば、理事長のご親族にも、この加害少年のように逆切れして~という人を存じております。
そういう教育方針の学園という事でしょうか。
被害者とそのご遺族の方の無念が報われるよう願っています。

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