もうやめるだろうと思っていた「スタートレック」の映画新作ができて公開された。11作目だ。この映画シリーズが袋小路に入って観客が減っていったのは、テレビシリーズから始まって並行しつつ映画もつくられ、余りに長い間続きすぎているというシリーズの長期化のせいだということがある。

 それまで見続けてきた人で、世界観やそれぞれの来歴を知っている人でないと映画の物語そのものが理解できないのだ。
 だからアメリカほど知られていない日本では最近ではスタートレックという言葉そのものを何とか隠そうとして、7作目「ジェネレーションズ」とか8作目「ファーストコンタクト」、10作目は「ネメシス/S.T.X」などと映画タイトルをつけていた。しかし9作目では「スタートレック 叛乱」と、再びスタートレックを付けてみたりと試行錯誤が続いていた。

 アメリカでのテレビシリーズも「スタートレック:エンタープライズ」 (舞台年代2151年 - 2161年)
2001年9月26日 - 2005年5月13日全4シーズン、98話放映を最後に打ち切られている。映画も、もう作られないだろうと思ったのは無理もない。

 しかも、第1、2シーズンではアメリカでも初めてタイトルに「Star Trek」の名を冠しないで、ただの「Enterprise」の題名で放送された。ただし、第3シーズン以降では「Star Trek: Enterprise」に戻された。しかも第一テレビシリーズ日本題名「宇宙大作戦」以前の宇宙時代創世記の話なので、これまでの設定など知らなくても楽しめる形だった。ここにもシリーズ自体への重荷がある。
 しかし、この「エンタープライズ」が不評なのは、世界の人種を乗せた宇宙船で新しい世界を求めて冒険の旅をする設定そのものが、9・11以降揺らぎ、第3シーズンでは敵を副主人公のパイロットが暴走という形で拷問したりする。そんなのスタートレックではない。

 シリーズの歴史が重荷になる。隠そうとする。あるいは根本的なポリシーが揺らぐ。でも、これはかなり矛盾した話で、何のためにシリーズを作っているのか、これではまるで理解できなくなる。

 アメリカンコミックの世界では、そのために設定をリセットしてパラレルワールドなどという形で主人公周辺のキャラクターだけ同じでまったく新しい設定で話を始める。
 もっとも続いているスーパーマンでも過去にパラレルワールドとして、最初の設定をアース1にして、新しくマイナーチェンジした世界をアース2として始めた。時々はこのパラレルワールドを訪れて話をふくらませたりもする。しかしそれでも足らず、1993年には思い切っていったん死なせてしまい復活させてかなり違った設定にリセットして再度始めるという乱暴なことをした。
 この手法が映画・ドラマのシリーズで初めて取り入れられた。

 今回の映画「スタートレック」は、現代から125年後という最も未来から古くからの登場人物のスポックを元のシリーズのレナード・ニモイが演じて、タイムワープして未来が過去とつながる形でスポックも敵もやってくる。配役は同じでタイムパラレルワールドで、設定をリセットして、ジム・カークやスポックなどキャラクターはおなじみだが、若い役者で配役して新しいスタートレックを大きくずれた話にして始めからやり直そうとするものだ。それを未来からやってきた年老いたスポックが繋ぐ形だ。
 つまりは時間の道筋は多様なので、未来から干渉があったからという形で、ぜんぜん違った筋書きでスタートレックを始めからやり直そうとするものなのだ。

 しかし、私や知り合いの古くからのスター・トレックファンにとってあまりに戸惑いは大きい。商業主義のための再設定などするくらいなら潔く中止するべきだったと思う。
 しかし、アメリカではかなりのヒットスタートで評判もよくて、シリーズ第2弾の製作も決定したということだ。なんてことだ。もう見に行かない、ということもないかな。


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【2009/06/06 23:55】 | 映画
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