驚いたことに漆間元官房副長官が大和ハウス工業株式会社の顧問に天下りしていた。私たちは忘れはしない。「自民党の議員には捜査は及ばない」言葉どおり二階議員は放置され、対してほとんど何もない当時の小沢一郎民主党代表側にだけあれほど捜査が続いた。
 政治をもてあそんだ警察官僚出身者の人物が住宅販売に貢献するか。

 この人は安倍晋三政務官房副長官(当時)に、拉致問題への強引で政治的な捜査が気に入られ、その後押しで警察庁長官についた。そして安部政権がもう少し続いたら、創設されていた日本CIAの長官となるはずだった。小人物でも危険な人間なのだ。

 奈良県警察本部長官時代に大和ハウスのトップと顔つなぎができたということだが、これが天下りでなくてなんだというのだろう。さっさと首にしていただきたい。

「麻生内閣の戦犯の1人」漆間ちゃっかり“天下り”
配信元:2009/11/02 18:53更新

 麻生太郎内閣で事務の官房副長官を務めた元警察庁長官、漆間巌氏(64)が先月月初め、大手住宅総合メーカー「大和ハウス工業」(本社・大阪市)の顧問に就任した。官僚の天下り規制に反対するなど、「麻生内閣の寿命を縮めた戦犯の1人」といわれた御仁だが、自分はさっさと“天下り”を決めていたようだ。

 俳優、役所広司が「大和ハウチュ」と言ってしまう、なんともおかしなCMで知られる同社。漆間氏は10月1日付で顧問に就任。リスク管理などのアドバイスをしているという。

 漆間氏は昨年9月、麻生内閣発足時に官房副長官に抜擢された。同職に警察OBが就くのは32年ぶり。小泉、安倍内閣時代、北朝鮮による日本人拉致問題に取り組んだ姿勢が評価されただけでなく、「民主党関連のスキャンダル調査が目的だった」(永田町関係者)という見方もある。

 ただ、副長官として本来果たすべき各省庁間の連絡・調整機能はほぼ停止状態に。一方で、天下り規制を含む公務員制度改革に介入したり、西松事件では「自民党議員には波及しない」とオフレコで発言して、政府・検察不信を招いた。

 総選挙での自民党惨敗を受け、鳩山内閣が発足した9月16日付で官房副長官を辞任していた。


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【2009/11/06 01:10】 | 政治・経済
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 漆間巌官房副長官はかつて1986-1988年(昭和62年から平成元年)41歳から43歳まで、防衛庁陸幕調査部調査第2課調査別室、通称「調別」の室長を勤めている。これはまぎれもなく情報機関であリ、通常の警察畑とは違う情報官僚とでもいうべき特異な経歴を持つ人物である。そしてこの人物を警察庁長官に取り立てたのが、不審船事件への厳しい対応を評価した安倍晋三政務官房副長官(当時)なのだ。
http://isiki21.blog45.fc2.com/
blog-entry-200.html

 安倍政権が続いていたら、日本版CIAを創設して漆間氏が初代長官になると言われていた。

 西松事件で検察を指揮して小沢一郎を微罪で追求させた。小物なので自民党議員には及ばないと名前を出さない新聞記者との座談で本当のことを漏らしてしまった。これは大きな問題となった。

 その漆間巌氏がやっと辞める。確かに人物としては小物だが、情報官僚にはこういう権力は大きくとも小人物が多い。また、戦争狂みたいなブッシュ前大統領だって、一度にA4一枚のことしか理解できないからとまとめさせていた知性のない小物だった。小物だからこそ権力をふるうのに容赦ないということがある。

 北海道の警察裏金問題では民主党政治家に警察を使った威圧事件を起こしたと報道された。

北海道のケースを追及・告発した民主党の鉢呂吉雄元国対委員長や中井洽元法相らが、当時の村田義孝国家公安委員長らに対し、問題の真相究明などを申し入れたのは04年12月のことだった。
 当の鉢呂氏が振り返る。
「私たち民主党の調査チームは村田氏に続いて警察庁長官だった漆間氏にも面会しましたが彼はその時、
「(裏金だという)証拠があって言っているのか」
、となかなか強気でした。捜査2課長の経験があると言うので、
「その当時、裏金に手を染めた経験はありますか」と聞くと、落ち着きをなくしオドオドしていたことを覚えています。」

 鉢呂氏は後に衆院内閣委員会でも、「「(面会時に漆間氏は)こういうもの(裏金問題)を出すものは、警察に悪い感情を持っている、警察を批判する人たちが言っている話にすぎない」という言い方をした」と追及。これに対し、長官だった漆間氏は「単にウワサでこういう話が出ているとかそういう話だったものですから(中略)その趣旨で申し上げただけにすぎません」と釈明している

「狙われているぞ」と忠告

 そして05年9月の郵政解散・総選挙で"異変"が起きた。選挙期間中、鉢呂氏周辺に警察の影がチラついていたというのだ。
「ある郵便局で支持を訴えた後でした。警察が聞き込みに来たという情報が耳に入ったのです。そればかりか、支持者を集めた懇親会の後に、会場になった店に警察が聞き込みに来たことも聞きました。こんなことは議員生活で初めてです。以前、知り合いの法曹関係者から『(警察に)狙われているぞ』と忠告を受けていたのですが、その通りでしたね。」(鉢呂氏)
 警察当局の不祥事を追及したことが、その政治家の選挙違反の有無を調べる"不可解な捜査"につながったとすれば、見過ごすことのできない嫌がらせだろう。
「サンデー毎日」2009年3月29日号「漆間官房副長官の黒い身上書」



 こういう危険な人物が、官僚幹部600人の人事を差配する内閣人事局長まで兼務していたのだ。霞ヶ関の支配者になるところだった。できたら民主党政権は、職権乱用の状況を追求すべきだが権力を握った側の政治的報復ととらえられるだけかもしれない。
 さっさとどこかに消えてくれと思う。
 

漆間官房副長官:辞任を表明

http://mainichi.jp/select/seiji/news/
20090915k0000m010015000c.html


 漆間巌官房副長官は14日午後の記者会見で、16日付で辞任する考えを表明した。

 漆間氏は元警察庁長官で、08年9月、麻生内閣発足とともに官房副長官に就任した。同庁出身の副長官は、田中、三木両内閣で76年まで務めた川島広守氏以来。今年3月、西松建設の違法献金事件の捜査に関し「自民党議員には波及しない」と発言し、河村建夫官房長官から厳重注意を受けた。【森有正】

毎日新聞 2009年9月14日 18時43分


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【2009/09/15 00:00】 | 政治・経済
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漆間巌官房副長官をめぐる追及がブログ論壇から消えている。これは怖いのだろう。しかし、この人が今回の小沢一郎国策捜査の中心でキーマンである。この人の追及抜きでは何も語れない。

 麻生首相が漆間巌官房副長官を指揮して今回の国策捜査が展開されているようだ。政権防衛という検察ファッショ政治に陥っている。

(官邸HPから引用)0809iwao-uruma.jpg
 漆間巌官房副長官は、これまでの中立的な民主警察機構とは道が違う世界を歩んできた。産経WEBに取材連載がある。

●1980年(昭和55年)、35歳の時に警察出身者として初めてモスクワ日本大使館の一等書記官として赴任。これは自衛隊の大使館付きの武官が情報官であるように、警察としての初の一種の情報官だと思われる。

●1986-1988年(昭和62年から平成元年)41歳から43歳まで、防衛庁陸幕調査部調査第2課調査別室、通称「調別」の室長を勤める。これはまぎれもなく情報機関である。

●1991年(平成3年)47歳の時に金賢姫元死刑囚に面会、李恩恵が田口八重子さんである事実を確認。

 一貫してこれまでの警察官僚の道筋ではない情報官僚として歩んできた。どうして誰がこのようなルートを作ったのか。そしてどうやら、不審船への対応が評価されて安倍晋三政務官房副長官(当時)の取り立てで警察庁長官に出世したようだ。

●2004年8月-2007年8月 警察庁長官を務める。北朝鮮による日本人拉致問題の徹底解明を指示する。

 そして今回の国策捜査を全く検察庁法を無視して直接個々の事件を指揮している。あきらかに検察・警察ファッショとでもいうべき状態を始めている。恐ろしい話でこの人物をたたかない限り日本の民主主義はおしまいである。
 ついに上からのファシズムの動きが始まったのだ。

  昨年2008年10月26日の麻生首相邸見学ツアーでの理由もなく逮捕したのは漆間官房副長官の差し金だという観測があった。これが事実なら個々の警視庁の公安警察官まで動かせるということになる。これも本当ではという疑いが濃くなってきた。

【話の肖像画】徹底捜査せよ(1)前警察庁長官・漆間巌さん
2007.11.19 03:11
【プロフィル】漆間巌

 うるま・いわお 昭和20年、東京生まれ。62歳。44年、東大から警察庁に。55年、警察出身者として初めて在モスクワ日本大使館に一等書記官として赴任。警察庁外事1課長当時の平成3年、大韓機爆破犯の金賢姫元死刑囚に面会、李恩恵が田口八重子さんである事実を確認。警察庁長官就任後、拉致事件の解明を指示。今年8月、長官を退官。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/
071119/crm0711190922002-n1.htm


■「ちとせ」に運命つながり

 《この8月、長官を最後に警察庁を去るまで、全国警察に拉致事件の徹底捜査を指示。長官在任中に国際手配された拉致容疑者は6事件で延べ10人に》

 --拉致を「ライフワーク」と言ってました

 漆間 警察庁の外事1課長だった平成3年、ソウルで大韓機爆破事件の金賢姫元死刑囚に直接、面会したことが大きい。(犯人の)面割用の写真を15枚ほど持参し、1枚ずつ見せました。彼女は7枚目の写真を真剣な視線で見つめて、ぐっと引き寄せ、そのときだけ日本語で「恩恵(ウネ)先生です」とつぶやいたのです。

 《日本語教育係の「李恩恵」が、初めて田口八重子さんと確認された瞬間だった》

 --拉致事件への認識はいつごろからですか

 漆間 外事1課長になって、北朝鮮の事件や工作に関して警察が持つさまざまな資料や調書に接する立場になって初めて、拉致を知ったのです。その前年の秋、福井県の海岸に工作船と工作員の水死体が漂着した事件や、拉致事件の現場にも足を運ぶうち、北朝鮮の工作の実態が次第に分かりました。

 --国家ぐるみの犯罪

 漆間 北朝鮮が自国の犯罪のために日本人を次々に拉致する。航空機まで爆破して、それを日本の仕業に見せかける…。日本人の命にかかわる問題ですから、拉致は絶対に糾明しなければならないと決意しました。

 《韓国当局に逮捕された金賢姫元死刑囚は、日本語教育係李恩恵の日本名が「ちとせ」だったと供述していた》

 --その名前に運命的なものを

 漆間 ちとせは、拉致される直前に田口さんが勤めていた東京・池袋駅近くの飲食店での源氏名。一方で、私にとっては子供のころの遊び場だった豊島区の橋の名前「千登世」と同じで、因縁めいたものを感じました。

 《千登世橋は明治通りにかかる陸橋である。田口さんが子供を預けた高田馬場のベビーホテルからも遠くなかった。漆間さんは「田口さんは源氏名をこの橋からとってつけたものではないか。田口さんもかつて、この橋の近くまで来ていたのではないか」と考え、拉致の非道さを思ったという》



【話の肖像画】徹底捜査せよ(2)前警察庁長官・漆間巌さん
2007.11.20 03:35

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/
071120/kor0711200335000-n1.htm


 ■大きかったよど号犯元妻証言

 《平成14年3月、日航機「よど号」乗っ取り犯の元妻が、欧州での拉致事件への関与について証言。9月には日朝首脳会談で北朝鮮の金正日総書記が拉致を認め、謝罪。警察にとって、拉致の捜査を前進させる千載一遇の機会が到来した。金賢姫元死刑囚との衝撃的な面会から11年。漆間さんは再び、拉致事件の捜査が大きく動く場面に》

 --拉致事件をめぐる環境が激変する予感はありましたか

 漆間 少ない手がかりを積み重ねてきた拉致捜査でしたが、よど号犯の元妻が欧州での有本恵子さん失跡事件について関与を認める証言を始めたのです。あれは大きかった。事件をめぐる情勢が大きく変わり、新たな局面が開けました。

 --欧州からの拉致が明確になったわけですね

 漆間 拉致というと、被害者に袋をかぶせて無理やり海岸から連れ去り、工作船に乗せて-というイメージですよね。ところが欧州での拉致はそうではない。これを拉致と呼べるかどうか。だが、拉致というのは法律で定められた言葉ではないんです。であれば、警察庁で定義すればいいじゃないか、と考えたんです。

 《漆間さんは北朝鮮の国家的な意思が推認でき、本人の意思に反し、北朝鮮に連れて行かれた-という拉致事件の3つの要件を提示。警察はよど号犯の魚本(旧姓安部)公博容疑者に対し、拉致で初の逮捕状取得に至った》

 --事件の指揮方針は

 漆間 拉致はもとより、北朝鮮にからむ各種事件の捜査を活発にすることで、最終的に拉致被害者の解放につなげる転換点が来ることを期待しました。

 --徹底的な捜査を指示した中で、やり残した部分は

 漆間 帰国した拉致被害者について、日本国内で拉致に関与した者がいたとすれば、それは事件にできると考えました。しかし、私の時代には、5人の被害者について、国内の関与者は出てきませんでした。

 --平成14年9月の日朝首脳会談では日朝関係も大きく動きましたね

 漆間 実はその年の1、2月ごろ、警察庁警備局の抱える案件で官邸に報告に行くと、小泉純一郎総理(当時)が非常に熱心に聴いておられました。拉致だけを報告するわけではなかったのですが、今から思えば、首脳会談よりも半年以上前の当時すでに、会談に臨む方針だったのでしょう。(加藤達也)



【話の肖像画】徹底捜査せよ(3)前警察庁長官 漆間巌さん
2007.11.21 03:42

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/
071121/trd0711210342001-n1.htm


 ■出会いに導かれ旧ソ連赴任

 ≪昭和55年、在モスクワ日本大使館に警察出身で初の1等書記官として赴任した。警察庁外事1課長や警備局長など、その後の警備畑への入り口となる旧ソ連赴任だった。少年のころのある音楽家との出会いに導かれたのかもしれない≫

 --冷戦下のソ連。刺激的な生活だったのでは

 漆間 赴任前年の12月、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したまさに東西冷戦の時代。私の赴任直前にはグルジアを視察中の陸上自衛隊の防衛駐在官が毒入りウオツカを飲まされる事件もあり、私も連れ去られるぐらいはあるかもしれないと。

 モスクワのわが家についたメードからしてKGB(国家保安委員会)の回し者。外出前に本棚の本の場所を覚えて出かけたんですが、帰宅すると、それが別の場所に移っていたこともありました。何かを探していたんですね。電話の盗聴も当たり前。通話中に突然、音量が下がって聞き取りづらくなるので、それが分かるんですよ。

 --希望しての赴任だったんですか

 漆間 思いもよらない人事でした。先輩諸氏からは「漆間はユーゴスラビアだ」と言われていましたから。ロシア語の既習者だったこともあったと思いますが、当時、警察庁では、初のソ連駐在官を送り込むために調整、努力が続いていたようです。

 --なぜロシア語を

 漆間 大学で、偶然に選択したのです。私の入学以前には、文科系の第2外国語にロシア語講座はなかったのですが、私が履修する年度にたまたま開かれたんです。選択したのは、ロシア人の音楽家の影響でしょうか。子供のころ、D・オイストラフというバイオリニストのコンサートを聴いて感銘を受けた。多くの人々に聴いてもらおうと、どこかの体育館を会場にしていました。音響効果の悪い中での演奏にもかかわらず、伸びやかによく通るいい音でした。兄や私はこのころから、音楽にのめりこんでいきました。ロシアについてはこのバイオリニストの強い印象があります。

 ≪このコンサートは音楽の原体験として後々まで影響した。高校卒業後、大学入学までの1年間にはピアノを始め、モスクワ駐在時代には、音楽を介して多くの音楽家と知り合った。現在は、趣味の仲間とともにピアニストとしてコンサートを開いている≫(加藤達也)



【話の肖像画】徹底捜査せよ(4)前警察庁長官 漆間巌さん
2007.11.22 04:05

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/
071122/trd0711220405001-n1.htm


 ■「警察 おもしろそう」

 《警察庁長官として、しばしば“サプライズ”を起こし、警察組織に対して叱咤(しった)激励の発言をした。トップが考えを思い切って言うことによって組織に勢いをつけ、難局を乗り切ろうという考えからだった》

 --昨年の新春の記者会見で「今年、勝負に出なければならないのは拉致」と発言。担当の警備局が慌てるということがありました

 漆間 それで、みんなやる気になって必死にやったでしょう。あれでずいぶん捜査に勢いがついたはずです。

 --確かな見通しは?

 漆間 捜査力は信頼するにしても、どこかに「古い事件だ」という意識があると、うまくいかない。だからトップが思い切って言い切ってしまったほうが、改めて意識付けができて、仕事が進むだろうと思ったのです。

 あのタイミングを外してはできないとの思いもありました。捜査員はよくやった。しかし、被害者の帰国に至らなかったことは、実に残念です。

 --警察関係の不祥事が起きると、「言語道断」などと厳しい言葉を使っていましたね

 漆間 それでも、不祥事の根絶は果たせませんでした。今年8月には、現職警察官が女性を射殺して自殺する事件も起きてしまった。

 《父は警視庁幹部、兄も警察庁キャリアという環境で育った。物心ついたころには、警察官への興味が芽生えていた》

 --子供時代から警察とかかわりを

 漆間 こんなことがありました。幼稚園に通っていなかったので、小学校入学前は昼間から東京・目白の署長官舎の近くで遊んでいたのですが、昭和26年5月、貞明皇后が亡くなられ、遊び場だった目白通りを葬列の馬車が通ることになりました。興奮していたのでしょうか、道路を横切ろうとしたその瞬間、「おいっ」と声がして。沿道警戒の警察官に捕まっちゃったんですよ。

 --警察にどんなイメージを

 漆間 物心ついたらおやじが署長で、官舎住まいでした。警察に興味をもちました。10歳上の兄が、警察庁に入っていまして、昭和39年ごろ、捜査2課長として宮城にいたところに、遊びに行ったことがあります。そのとき、捜査員が家に上がり込んで、別の部屋で、捜査の検討をしていたのが、実におもしろそうで。刑事にひかれましたね。(加藤達也)



【話の肖像画】徹底捜査せよ(5)前警察庁長官 漆間巌さん
2007.11.23 03:42

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/
071123/trd0711230342001-n1.htm


 ■「情報」に強い警察目指す

 ≪日本をめぐる犯罪情勢は国際化、組織化、凶悪化、サイバー化など、多面的な悪化を見せている。漆間さんは警察組織のトップとして、新しい時代の犯罪に対処するため、警察の情報力を高めることに重点を置いた≫

 --警察についてどんな将来像を

 漆間 情報に強い警察になる必要があるでしょう。テロや犯罪組織など国際的で組織化された犯罪に対処するには、やはり情報。その一環で外事部門や組織犯罪対策部門では、捜査官が海外に行って直接情報収集できるようになっています。

 今年、犯罪で得た利益を隠すマネーロンダリング(資金洗浄)への監視を強めるため、金融庁にあった監視部門を警察庁に移管しました。これは相当な武器になります。

 国内犯罪でも、複数の管轄にまたがった事件や振り込め詐欺、ネット犯罪などでは、中央にある警察庁の役割は高まってくるでしょう。

 ≪漆間さんが「情報」の重要性を力説するには理由がある。1等書記官として旧ソ連に在勤中、日本の情報収集力の高さと、情報収集の重要性を実感した出来事に遭遇したからだ≫

 --大韓航空機が旧ソ連空軍機に撃墜されたのは、モスクワ在勤中ですね

 漆間 東京の外務省から緊急指示で、とにかく陸路で撃墜現場に近いモネロン島に渡って情報を収集して送れ、と言ってきまして。結局、現場には外務省職員が船で行き、私はほとんど情報らしい情報は集まらず、外務省に連絡すると、すでにかなりのことを知っていたんです。なぜ、こんな情報が取れるのだろうと不思議に思ったのですが、それをやったのが、当時の防衛庁陸幕調査部調査第2課調査別室、通称「調別」と呼ばれる部署だったんです。

 調別は、ロシアや中国、北朝鮮など極東の軍事無線を傍受して、その動きを収集、分析するのですが、その能力はすごい。聞けば、軍事情報は米軍にも供与される。そんなに頼りになる機関が日本にあるということに、驚きを覚えましたね。

 --その仕事もすることに

 漆間 私自身、昭和62年から平成元年まで、調別の室長をやらせてもらい、とてもいい経験をしました。

 --そこでも、ロシア語が生きたわけですね

 漆間 ええ。人生の流れというのは不思議なものですね。偶然に導かれている。伏線の出合い、結果が一本の糸のように連鎖していくんです。(加藤達也)=おわり


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【2009/03/15 23:11】 | 政治・経済
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ナンバ
小沢が正しいとか正しくないとか、小沢が好きとか嫌いとか、そんな低次元の問題ではなく、ホントに日本国民の危機だと思います。読朝毎産NHKのポンコツマスコミは永年自民党政権と深く癒着し、経営幹部は歴代総理番記者で占められ腐敗しています。読朝毎産NHKのポンコツマスコミは政府与党の広報資料やリークを右から左へコピーして垂れ流すだけの体制翼賛報道機関と化しています。小沢西松疑獄の検察リーク受け売り報道をみれば、マスコミの腐敗堕落ぶりが如実に現われています。検察も佐藤外務事務官、三井検事と恣意的、政治的捜査を連発し、まるで統帥権を振りかざしたかつての陸軍のようです。ポンコツ政治家をポンコツマスゴミと、選挙に無関心で結果的に自民党を間接支持してしまっているポンコツ有権者が支えているのがポンコツ日本の現状です。自民党にノーと言いたいなら、とにかく投票所に行って野党に一票投票するのが議会制民主主義というものです。

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