上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 作家の豊島ミホさんが2009年末で休筆した。理由は本が売れないことと、自分が書きたい本の分野と売れて求められている小説分野が大きくずれているのではと思ったこと。

 でも、豊島さんの本は順調に出ている。小説家を目指す人は多くてあまりのことにショックを受けた人は多いのではないだろうか。だいたい休筆するために、2008年5月から一切の仕事を断り続けていたそうなのだ。2009年の中ごろまで執筆が続き、それで山形に帰ったのだが作品はその後も出て2009年12月の休筆まで1年7カ月もかかったのだ。それくらい継続的に仕事の依頼はあったわけだ。これから小説家になろうとする人、豊島さんより売れていない小説家はいっぱいいたわけで冗談じゃないという気持ちになっただろう。

 休筆前最終刊のエッセイ『やさぐれるには、まだ早い!』(2009年12月)を読んでみると、
小説を書くことがあまり好きではなく、職業として選んだ、
死ぬほど働いてもみ合うほど売れない。
賞など何も選ばれず評価されない。

と書かれていた。それで仕方ないかなと思ってしまった。

 ところがである。最近豊島さんの最後の小説である『リテイク・シックスティーン』(2009年11月刊)をしばらく前に読んでみて、その文章や構成のすばらしさに打たれた。私が豊島ミホ作品で他に読んでいるのは高校生活をつづった『底辺女子高生』だけだが、大きな進化が起こっていた。女子高生が生き生きとして現実の中をさまよい、抜け出していく。休筆時にまだ27歳。これからも大きな進展があったはずなのに。

 それで心の中で大きく叫んでしまった。なぜ、こんなすばらしい小説を書ける人が休筆せねばならない。
 それと、高校生の話だけを書いていきたいのかな、それだけでは難しいのではという気持ちはあったが、それは若者の範囲を広げていくことで何とかなる。現にそういう小説家はいる。

 だが、努力して書いても見合うほど売れないということ、小説を書くのが好きでないことにどうすべきかわからずモヤモヤは続いていた。

ところが、森博嗣『小説家という職業』を読んで、大きなヒントを得た。

 これで驚いたのは、森博嗣さんほどの売れっ子の小説家でも、小説を書くのが嫌いだし、1年に一番読んだときでも30冊くらい、最近は3冊ぐらいしか読まないということだ。大学の工学部の研究者で学生教育も担当している。

 書き始めたのは1995年37歳で職業的なウイークポイントにあって、まず娘に読ませたいと書いた。ためしに講談社のメフィストという雑誌の編集部に送付してみたら、ぜひ出版したいと言われた。その時にはシリーズ2作目も書いていてやがて3作目も書いて渡した。すると、まだ書いていない次の4作目を出版したいと言われた。それで4作目『すべてがFになる』が初出版となり、後から1、2、3作が出版された。

 過去のような1冊が大部数売れることはないが、ノンフィクションと比べて一人の小説の愛読者は大量に読むことが多いのでやはり小説は他の本に比べて売れる。ただし小粒になったので数で勝負し、たくさん出す。英語圏に比べると市場はせまいが、シリーズものを出すことで人物造形などで効率化が図れる。それに書いていると次々と発想は浮かぶので書くことはできる。小説を読む人口は数十万人にすぎずマイナーなものである。

 ネット時代の対応。
早くに自分のサイトを設けていた。

 メールアドレスを公開し、読者のメールには必ず返事を12年間続けて2008年の最近まで返信していた。読者をつかんでいく方法なのだ。
現代はネットで出版社や編集者より作家自身が、要望や感想、思いなど読者との距離は近い。だが、その通りせずある意味で裏切ったものを出していく。今までにない新しいもの、珍しいものはマイナーであるが必ずニーズがある。しかし、マイナーであっても必ずネットで伝わり売れる。

 批判や悪口も来るがそれは読んだから来るのであってそれに負けていたら作家の創作などできない。ブログに書かれた感想もできるだけ読んでいる。出版社は所詮は自分たちで書いているのではなくすべて原稿からデザイン印刷製本まで外注するいわば商社なのでユーザーの感想など集める努力をしていない。

 ネット時代は、作品の謎を完成させず本ではわからないままや複数に考えられるままにしておいていい。ネット上で読者が討論したり考えられる。それがまた作品の世界を広げる。
 なるほど。それで『スカイクロラ』シリーズなどみごとにはまってしまい謎を追及しているわけだ。

 ブログソフトができる以前に日記という形で「近況報告」を自分というものを公開していた。どうしても作家がどんな人か読者には気になるからだ。知ってもらうことでまた小説を続けて読んでもらえる。日記は続けて18冊、日記以外に10冊出版した。

 将来に向かって3年先からもう少し10年くらい先までいつまでに何を書きシリーズはどう展開するのかだいたいの方針を作る。そして締め切りは必ず守る。

 新聞やテレビ広告では実験してみたが本は売れない。だから10万部売れる本を作るのは難しいが、1万部売れる本を10冊作ることは何とかできる。方法としては地道に本をたくさん出すことしかない。

 ここには、小説を書くことを愛するのではなく、小説を書くのが嫌いでも職業として小説家になった人の冷徹な判断と方法がそこにある。森博嗣さんがこういう方法を公開したのは後4冊くらいで小説家として引退することを決めているからだ。

 そういう意味では、豊島ミホさんは、「告知版としま」http://fengdao.exblog.jp/として一方通行のブログは作っていたが、コメント欄もなく、アドレス公開もメールフォームしていなかった。連絡方法がない。もちろん作家というのは小心で傷つきやすいから批判や悪口がいやだったのだろう。でも今は作家と読者がこれだけ近いのだから、本を売るためには読者とのアクセス方法を設けるのは大切なのではないだろうか。それならメールフォームよりは、メールアドレス公開がいい。あまりにいたずらがひどい場合はその人のアドレスだけブロックすればいいのだ。
それに豊島さんが気にした編集者のつかんでいる読者の求めている傾向などあてにならない。押しつけられはしなかったと豊島さんは書いていたが雑談などでやんわりと示されたと思うからだ。しかし読者に一番近いのは作者自身なのだから。しかもそれを裏切ってマイナーな方向に行かねばならない。しかし、これは豊島さんにぴたりではないのでしょうか。

 前に、直木賞作家の絲山秋子さんが、出版社は作家を育ててくれるのでこれで安心だとWEB日記に書いていたが、森博嗣さんに言わせるとそんな余裕は今の出版社にはなく目先のことで精いっぱいだそうだ。

 作家は電子出版のことも含めて、フォローは受けながらも自分で進んでいく時代に入ったのだと思う。
 豊島ミホさんは、幻冬舎に見いだされた作家だが、基本的なフォローはなかった。別に大金を社員に使い込まれて余裕がなかったせいだけではないようだ。自分で進まねばならないようだ。

 豊島ミホさんは故郷の山形に帰って家事手伝いをしているが、何年か他の職業に就いたうえで、森博嗣さんのアドバイスを参考にして戻ってきて売れる作家になるよう再挑戦してほしいとしみじみと思ってしまう。

リテイク・シックスティーンリテイク・シックスティーン
(2009/11)
豊島 ミホ

商品詳細を見る


やさぐれるには、まだ早い! (ダ・ヴィンチブックス)やさぐれるには、まだ早い! (ダ・ヴィンチブックス)
(2009/12/02)
豊島ミホ

商品詳細を見る


小説家という職業 (集英社新書)小説家という職業 (集英社新書)
(2010/06/17)
森 博嗣

商品詳細を見る
スポンサーサイト

FC2blog テーマ:小説家 - ジャンル:小説・文学

【2010/06/24 00:00】 | 奈良たかし・本の話
トラックバック(1) |  ]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。