仕事学のすすめ・選 秋元康 ヒットを生み出す企画力 <全4回>という教育テレビの勝間和代が聞き役で秋元康の仕事術を特集した番組が今日20日午後3時から4時36分まで4回まとめて放送された。

 第1回 あえてリサーチしない発想法
 企画はリサーチしない、最大公約数になって自分の色は出せない。日常の中から自然に拾っていく。生み出すのではなく気づく。

 第2回 マーケティングは役立たない
 予定調和をこわす。通常のマーケティングは役立たない、多くの人のニーズを満たそうとすると、一般的なものに埋没してしまい、それは目立つものにはならない

 第3回 負けても目立つ自己プロデュース
 企画会議で自分を演出する方法。自己プロデュースは全身で行う。企画を通すために強引な説得はしない。深追いしない。「コツコツと実績を積み上げるなかで、相手も自分を信用してくれるようになる」その信用のために、あえてリスクやマイナス面も説明し、ウソはつかない。「企画には正解がないのだから、自分の企画に自信を持ち、価値観がぶれないことが、何よりも重要」
 こういうことがやりたいとよくいろんなところで人と雑談で話す。夢は語らなければ始まらない。賛同者が集まるまで待つ。パーティで名刺を配るなど無駄。人脈術などない。人脈は普段の生活で振り返ると人生の中でできている。仕事は企画と机の上で生まれる。何をやるかだ。仕事をしてない人と無駄話をする。
 失敗したらバットは短く持ち確実に当てるようにする。映画がうまくいかないときホラー映画なら当てやすいので作る。

第4回 仕事の壁は乗り越えるな
 特別な人はいないし強く生きられない。乗り越えることはできない。少し動けば切れ目はあり入ることができる。無理なことはすぐあきらめる。できたことの98%は運で才能と努力は各1%。ほとんどは運。才能は変わらない。手を伸ばして自分は運・ジャンケンが強いと思いこめば手は届く。

 実に面白い。多くの人が見られてなるほどと思われたでしょうあるいは人から聞いたりこういう風にネットで読んで見たいと思われたかも。

 ところがである。私も面白かったが勧めない。

 これは、才能のある特別な人のことなのだ。末尾のwikipedia「秋元康」からの引用をもう一度じっくり読んでほしい。いかにすごい才能のある人かわかるではないか。それを言葉巧みに語るものだから誤解を招く。私にもできると思い込ます番組なのだ。

 みんな凡人だからリサーチしてそれをひねる。あるいはマーケティングして少し違うものを出す。あるいは企画会議と売り込みで粘る。秋元さんのように自然体で日常から企画を取り出せ育てられるのは特殊な才能なのだ。

 凡人の雑談交じりの提案にだれが耳を傾け、気にかけてくれるだろうか。

 勝間和代さんの著作や言動に煽られて、努力しさえすればステータスアップすると信じて疲労困憊して燃え尽きてしまうという信じがたいカツマー症候群の女性が増えたので、精神科医の香山リカさんは『しがみつかない生き方』という本で、「勝間和代を目指さない」と一章を設けた。そして努力さえすれば勝間さんのようにだれでも成功するわけではないのだから勝間和代さんに喧嘩を売って批判した。

 ところがもっと大規模に勝間和代に秋元康を加え最強コンビでNHKがテレビで宣伝するわけだ。これは真似したら秋元康マニアと名づけたがそういう病気で多くの人が燃え尽きる。だから勧めない。見るにしてもそういうもので特別な人のものだということを忘れないことだ。しかし、実に罪深い番組だ。

 ただしである。「パーティで名刺を配るなど無駄。人脈術などない。人脈は普段の生活で振り返ると人生の中でできている。」それだけはわかる。異業種交流やパーティでの名刺配りなどほとんど何もならない。人脈などそれでできない。

wikipedia「秋元康」より引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/
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●人物
中央大学附属高等学校2年生だった1973年の冬、受験勉強に集中出来ず、何気なくニッポン放送「せんだみつおの足かけ二日大進撃!」を聴いていたところ、『この程度なら自分にも書ける』と、受験勉強用に用意したはずのノート20数ページに渡ってせんだを主人公とした平家物語のパロディーを書き上げた。同級生の友人の薦めにより、その
ノートをニッポン放送へ送ったところ、当時ニッポン放送社員であった亀渕昭信と大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属していた奥山伸の目に止まりその才能を見出され、ニッポン放送へ遊びに来るように言われ、出入りするようになるうち、奥山の弟子となり、大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属。当時17歳の高校生でありながら放送作家として活動を開始したのが、この業界に入ることになったきっかけとされる。

高校卒業後は、中央大学文学部へ進学したが、放送作家としての活動は継続しており、大学にはほとんど通っておらず、単に籍を置いていただけであった。やがて、放送作家一本で生きていくことを決意、大学は中退している。後に、高校生・大学生としては異例なほどの収入があった、と当時のことを回想している。

その後、放送作家に物足りなさを感じていたところ、1981年、Alfeeの楽曲の「通り雨」のB面の曲を作詞する機会を得て、坂崎幸之助と高見沢俊彦が作曲した「言葉にしたくない天気」で、作詞家デビューを果たした。これを機に、作詞家としても活動を開始するようになった。翌年には、筒美京平が作曲した稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」の作詞をし、作詞家・秋元康として世にその名を知らしめた。

放送作家・作詞家になったきっかけやエピソードについては、1988年発刊の自伝小説『さらば、メルセデス』にて書き上げている。

放送作家として「オールナイトフジ」「夕やけニャンニャン」を手掛けたことで知られる。とんねるずやおニャン子クラブの仕掛人とも言われるが、おニャン子クラブについては共同作業であるとし、自分は仕掛け人ではないと説明している[1]。また、作詞家として、とんねるずやおニャン子クラブなど数多くのアーティストの楽曲の作詞を手がけるほか、作家や映画監督など多くの分野でも活躍している。

2005年4月、京都造形芸術大学芸術学部教授に就任。2007年4月1日より、同大学副学長に就任した。

●作詞家
作詞家としての作品の総売上は、4,000万枚を超える。
作詞家として最もヒットしたシングルは、とんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」(ミリオンセラー、オリコン調べによる)である。
作詞家としてのデビュー作品は、大杉久美子の「タコローダンシング」(アニメ『とんでも戦士ムテキング』の挿入歌。1981年1月25日発売のLP『とんでも戦士ムテキング ムテキングとんでもジョッキー』収録)である。
作詞家としては、とんねるず、稲垣潤一、崎谷健次郎、石川優子、少女隊などに20曲以上提供するなど、ジャンルの異なるさまざまな歌手に詞を提供し、メッセージソングやパロディソングばかりでなく、美空ひばりの「川の流れのように」など、シリアスな曲も多数書いている。また、猿岩石の楽曲とアニメソングの作詞を担当する際に「高井麻巳子は良妻」をもじった高井 良斉(たかい りょうさい)のペンネームを用いている(ただし、アニメ『ケロロ軍曹』関連の楽曲の作詞では、秋元康の名を使っている)。
新潟県のテレビ局、新潟テレビ21のかつてのテーマソング「いとしのキャサリン」の作詞も手がけた。現在、作詞した作品では唯一の放送局のテーマソングである。

●小説家、映画監督
放送作家、作詞家活動以外に、小説、映画監督、ドラマ脚本などを手掛ける。また、構成作家として番組参加をしていた『夕やけニャンニャン』出演時には「天才!秋元康の〜」とタイトルがつく自分がメインのコーナーを持っていた。
映画監督あるいは企画者として、手堅いキャストに当時のトレンドを盛り込んだ多くの作品を世に送り出した。
小説家としては、恋愛物を得意としていたが、産経新聞紙上に連載され、2006年に単行本として出版された『象の背中』で、従来の著作から大きく飛躍し、作家としての力量と才能を改めて示した。末期の肺癌で、余命半年と診断された48歳のサラリーマンの心情と生き方を描いた本作は話題を呼んだ。
また、マンガの原作も手掛けており、『OH!MYコンブ』や『あずきちゃん』が主な作品である。『OH!MYコンブ』には、海苔巻きのかぶりものをかぶって料理対決などの司会をする「秋本おすし」なるキャラクターが登場する。モデルはもちろん秋元本人である。

●エッセイ
恋愛に関しては独特のスタンスを持ち、恋愛に関するエッセイや恋愛論を語る自らのラジオ番組などで、持論を展開している。

●プロデュース業
おニャン子クラブの成功の後、いくつかのアイドルユニットのプロデュースを手がけ、奇抜なプロモーション戦略で話題を作る。2005年に「AKB48」を仕掛け、世間の話題を集める存在に成長させた。
1998年、家庭用ゲーム機メーカーのSEGAが社運を賭けて開発したドリームキャストの宣伝戦略プロデューサーを担当し、SEGAの社外取締役にも就任した。自虐的なテレビCMが話題となる。
2004年11月、ライブドア傘下のコンテンツ配信会社サイバーアソシエイツの取締役に就任した(ライブドアに一連の不祥事が発生したため、辞任)。
2005年、日本郵政公社の「手紙ドキドキプロジェクト」の総合プロデューサーになり、オリジナルネットシネマやキャンペーンソングの作詞を手がける。
2005年5月、東京ドームで行われた、韓国人俳優イ・ビョンホンのイベントの総合演出を行う。2007年秋に、日本全国4ヶ所で行われた、イ・ビョンホン『アリーナツアー』の演出を担当。

 

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【2010/06/20 22:20】 | 社会、考えたこと
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taka
凡人が雑談でいくら提案しても気にかける人間など居ないとのことだが貴方の様な凡人と非凡な人間との違いはそこに有るのではないだろうか
自分が到達したい目標とは時には人の力や縁に頼らないと実現できない物だと思う
そこで自分の夢を人に雑談交じりに語ると云うのが生きてくるのでは?
秋元氏は別に才能に恵まれた天才等ではないのでは?
優秀なビジネスパーソンとの印象だが・・・
確かにあれ程実績を積みながら己の成果に胡坐をかくことなく全く己の事業や利害に関わらない人間に対しても異常なまで低姿勢で居られるのは非凡とも言えるであろうし才能でも有るだろう

マスコミやネットの情報のみで批評するのは
とても危険では?
それに秋元氏と勝間女史がセットになり凡人を誤った方向へ扇動しているかの様な記述が有るが私の私見では秋元氏は勝間女史の発言に対し賛同し共に扇動して居る様に見えないのだが・・



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