どうも民主党政権になったとたん構えてしまって良くない。何しろ毎日が「未知との遭遇」状態でわかりにくくて気軽に書けない。それで肩に力が入って煮詰まってしまうのだ。

 もう少し気軽に書きたい。
 間違えたら訂正するのでよろしく。やはり少しずつ勉強しつつとなるのだ。
(中川昭一公式サイトより部分切り取り引用)
中川昭一前衆院議員
 中川昭一元財務・金融担当大臣が突然亡くなった。驚きである。でも亡くなったからといって突然いい人で実力のある政治家だったなどというものがワイドショーで垂れ流されている。

 それはないだろう。この人がもうろう会見をやったために日本が世界に対して恥をかいた。しかもこの人の失敗のほとんどが酒によるもので泥酔状態で閣議にあらわれたこともあるそうだ。自分を律することができないという政治家としては最悪である。

 しかも政治姿勢は、反動タカ派で安倍晋三とともに、NHK教育テレビETV特集で従軍慰安婦の番組を放送させないために圧力をかけた。
 前回の総選挙で落選するのは当たり前なのである。むしろ通ったらおかしい。

 でも亡くなったと聞いたとたんに、父親中川一郎氏と同じ自殺ではと思った。

 北海道のヒグマと呼ばれた自民党衆院議員の中川一郎氏はホテルで突然自殺した。
 自民党の派閥中川派の領袖で総裁選に出て落選したばかりだった。党内の実力者が1人寂しく自殺したのだ。私もショックを受けたが、世の中が驚愕した。ちなみにこの疑惑をいう陰謀論者はいるがいくらでも痕跡の残らない毒物はあるのにわざわざ人目を引く首つり自殺にしたのか。

 息子の中川昭一氏も、もうろう会見で非難されていたし、それが元で落選していた。これはどうみても自殺だと思ったのは無理もない。
 しかし、今のところそうではなさそうだ。10月4日午前、東京都世田谷区の自宅寝室ベッドで死亡しているのが見つかったということなのだ。
 落選後に周囲の再起への期待は大きかったが選挙後の後援会の総会に本人は出ていない。

 確かに病死だが、もうろう会見での辞職以来心身共に弱り切った末の結果だと思う。

 鳩山政権と米国オバマ政権で、中道リベラル(かな?)政権どうしでの外交関係が成立しそうだ。右翼タカ派仲間の安倍晋三元首相や麻生太郎元首相など当選組も自民党再生の邪魔者でしかない。もはや右翼タカ派の時代は終わろうとしている。中川昭一氏の消耗した上での死は、それを象徴するものではないか。

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【2009/10/05 18:30】 | 政治・経済
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Re: 日中韓を中軸にした東アジア共同体+米国
奈良たかし
> 仰るように、右翼タカ派はマイナー化していくように思います。
> 中国は経済的にも切っても切れない中になり、あのアメリカでさえお得意様扱いに代わり、アジア重視の勢いは、世界の趨勢です。
> タカ派右翼のアジア近隣国の蔑視は、時代錯誤となっています。
愛てんぐ様
 コメントありがとうございます。それに「自由が一番!」ブログでこのややこしい政治の中きちんと書き続けておられること感心しています。

 冷戦後のアメリカ一極集中時代から9・11テロを経て、意外に早くアメリカ覇権時代は既に終わりを迎えました。その過剰消費は消え、日米貿易も大幅に減少し不況の中、中国経済だけが早く立ち直り日本の輸出を受入れ日本経済を支えています。

  日中韓を中軸にした東アジア共同体と米国の政治、経済、軍事的連携が、多極化した世界の安定の基礎を支えるのではと思っています。そしてアジアの繁栄と他の途上国の経済的発展をサポートしていく。もちろん中国には民主化を求めたいと思います。

 こうみれば偏狭な、しかも対米従属の右翼タカ派の出番はどこにもないことがわかります。もはや過去のものとなったのです。左右にかかわらず人権尊重と平和と世界を見る目を持った人たちの時代です。


愛てんぐ
奈良さん、皆さん、こんにちは

中川氏はお酒に依存したというのは、政治家に不向きな人だったように思います。
世襲で引き継がなければならなくて議員となったが、議員に向かなかったという悲劇のように思います。
世襲の弊害です。
仰るように、右翼タカ派はマイナー化していくように思います。
中国は経済的にも切っても切れない中になり、あのアメリカでさえお得意様扱いに代わり、アジア重視の勢いは、世界の趨勢です。
タカ派右翼のアジア近隣国の蔑視は、時代錯誤となっています。

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 中川昭一元大臣の問題で新聞記者がコンパニオン化して、男性記者は政治家官僚との宴会と外遊時の随行で豪遊旅行して癒着しきっていることが明らかになってきた。
 もちろんこれは東京の問題であり、地方にとってはぴんとこないという方もいらっしゃるだろう。だがこれは地域の問題とコインの両面のようにくっついている。それで地方の新聞記者と新聞の問題を書いてみたい。これは知られてはいないが、どこの地方でも同様のことが起こったのだと思う。

 奈良では過去の新聞記者は、少しは地域とつながっていた。奈良という地域は朝日新聞が圧倒的なシェアを誇っていた。今はどうなったか、縮小してシェアは同率かも。

 基本的に新聞記者は各地地方勤務は3年で、中には2年と早い人もいる。そして新聞社の用意したマンションに住んでいた。しかし転勤での交代のときでも、記者はお互いライバルということで、案件や地域とのつながりなどまるで引継をしない習慣なのだ。それでは地域のことは何もわからないのではと思うだろう。そうだ。現在は少なくともそうだ。まあこれは後記する。しかし過去にはそれを乗り越えて地域関係を作っていたのだ。

 だから市民運動や地域住民は、新聞記者とつながりをもっていた。確かに集会にも来ない。電話取材だったりする。でもある程度リベラルな人ばかりで付き合いやすかったのだ。そして様々の情報が新聞記者に集まった。

 新聞記者の夜は遅い。ところが地域のポイントになるような飲食店に行くとそこで晩飯と酒を飲んでいた。そうして人脈を作っていくのだ。

 その中でも朝日新聞はもっとも地域との縁が薄い。なかなか載らなかった。なにしろ記者会見にいっても載せないことも多いのだ。朝日の人でほんの変わり者のみが、例えば街づくりの会などに地域のサロンになっていて意見交換や情報などが得られると参加していた。でもそれは例外だった。逆に新聞全体の姿勢とはあまりに違うが、産経新聞のほうが地域や市民活動取材には熱心だったりした。


 ところが10数年ほど前から記者の態度が変わり、地域の問題がなかなか載らなくなってきた。どうも朝日新聞化(!)したのだ。そしてとうの朝日はもっと地域の問題がかけらも載らなくなった。開発や問題のある規制解除など起こっているのに記者は何をしているのかと思うくらいだ。おそらくまったく取材に行かなくなったのではないか。当然先に書いたような人脈作りもできなくなったように思う。

 このころゴミの問題などが、10年前に起こってきた。しかしなにも記者に縁がなく地域情報が載らない状態だった私たち市民運動側は個人的な縁を頼って大阪本社の記者に書いてもらった。
そうすると朝日新聞の奈良県記者クラブの記者が烈火のごとく怒りもう私たちの情報など載せないとわめきまわったというのだ。いや縄張り根性というやつらしい。でもほとんど付き合いが無くなり地域の問題情報も載せなくなった原因は朝日奈良支局・クラブの記者側のせいなのだ。それを私たちを隷属する者のごとき扱いをするとは何事だろう。

 もともとほとんど載っていなかったし、ゴミ問題での朝日新聞と私たちはお互い相手にしなくなった。他の新聞は必要な時は記者会見など行った。

 その後、5年前「無防備都市宣言」条例制定の運動を起こした。これは2万人6千人近くの署名を集めた大きな運動となった。集める人たちの広がりと情報交換は、ビラをまき、そこにURLを載せて、もっぱらホームページを使っていた。ただそれだけでは地域全体の人々にやっていることがわからないので記者会見や記者クラブへFAXなどで情報を送った。もはや付随的な扱いだった。しかもこのころから新聞は目に見えて部数を減らし始めたのだ。

 そして現在、相変わらず新聞記者は取材をしない。これは地域で出会わないことでわかる。地域の人々とのネットワークを作らないだけではない。そのうえ役所にも取材に行かなくなったようだ。昔はもっといろいろ取材に来ていたそうだ。取材して自分で切り開いていたのだ。これだけネットワークを自分で作れないのなら、引き継ぎをしないことがネックなら組織として習慣を改めたらいい。しかし、そういう声も出ないようだ。むしろ地域の問題点や情報を集めるという、問題意識とやる気がなくなったのでは。

 つまりは記者クラブでの行政や企業の広報に頼り切っているということだ。これでは人との役所の下部の人とか付き合いがなくなり、直接的なリークや耳打ちなどしてくれなくなる。組織の上からの都合のいい情報しか来なくなる。ここにも記者失格と思う状態がある。

 東京の政治家官僚との酒宴と海外豪遊とコンパニオンとはちがうが、いずれも権力ある者から与えられる情報のみに頼り切り、人々のほうを向いてないということは共通している。

 フリーライターの上杉隆氏が『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書)で提案しているが、新聞記者は新規採用からしか取らないということはやめたほうがいいのでは。とにかくひよわ過ぎる。米国紙のように色が付いていてもいい。プロとして情報を集め、そして切り込む、そういういろんな分野からの中途採用を基本にするべきではないか。

 これ以上部数が減ったら地域の取材体制も崩壊してしまう。しかしこれだけ地域取材しない記者よりは、通信社に任せて取材してもらったほうがましではないかとしみじみ思ってしまう。

 そして数を絞った新聞記者はより深い問題追及を行うのだ。しかし、今の記者にそれができるだろうか。とは思ってしまう。

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【2009/02/23 20:17】 | 戦争と平和
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これを読んでいただいているブロガー様

お願いがあります。
それは中川昭一担当女性記者の問題です。
前回2つの記事を書いていて少しうんざりする面はあったのですが、

http://isiki21.blog45.fc2.com/blog-entry-170.html

http://isiki21.blog45.fc2.com/blog-entry-169.html
どうやらこの新聞記者をめぐる問題は、下品さはあり腐臭は漂うものの、今の新聞の堕落の根本ではないかと思うようになりました。下記「世に倦む日々」も読んで、現在の日本の問題解決のためにはどうあっても追及しなければならないものだと思いました。そういうものが目の前の裂け目に現れたのです。

 「世に倦む日々」「コンパニオン記者に関する二つの疑惑と読売記者の2年前の記事」
http://critic6.blog63.fc2.com/blog-entry-27.html

 新聞は朝日新聞の新自由主義、郵政民営化賛成、かんぽの宿オリックス払い下げ賛成などを先頭に目も当てられない堕落の状況です。この大きな原因が新聞記者のコンパニオン化と政治家官僚との酒飲みゴッツアン構造にあると今回のことで透けて見えるようになりました。

 これらの記者たちが毎晩政治家、官僚と宴会をして、海外へは随行して豪遊する中で取り込まれていってる。それが新聞堕落の大きな原因のようです。

 私は運動経験は長い。だから日本の論者であれ運動者であれとても淡白で上品で傷つきやすいことは知っています。
 しかし、ここで経験上知っておいていただきたいのは、権力者はたいそうな武器と金を持ちながら綱渡りをしている者たちであり、ぼろを出して落ちそうになったら綱を思いきり揺らしに行かねばなりません。
 そして水の中に落ちた権力者は、このときとばかりに叩きに行かねばなりません。

 何ということを言うんだとお思いでしょう。しかしブログ論壇にいろいろな形で参加するものとして日本の問題は解決せねばなりません。私たちは権力者に比べたら力は弱く金もありません。だからこそ、そういうしつこさが必要なのです。そして相手が中枢の弱い部分をさらけ出した時にはかみつきに行かねばなりません。その時しか私たちが打撃を与えることはできないのです。

 どうかつまらないことなのですが、メディア・新聞の堕落追及に、ミニブロガーの私からですが「中川昭一担当女性記者問題」追及にご参加をお願いしたいのです。

 突然いろいろとお願いしてまことに申し訳ありません。

奈良たかし

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【2009/02/22 14:57】 | 政治・経済
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愛てんぐ
奈良さん、こんばんは

中川大臣、かんぽの宿、日本の中枢機構は完全に腐りきってしまい、自ら腐敗していることさえ、気付いていないというような気さえします。
女性記者達は中川大臣(酒)を酩酊させた共犯です。
罠と言うより、日常習慣が常識化し、大事なときでも出てしまったというのが素直だと思います。
女性記者達の会社は読売新聞、日本テレビ、いずれも読売系、ブルームバーグ はシティグループでユダヤ資本。

中川前大臣の件で見えたことは、マスコミも政府とつるんでいたことです。
日本の支配階級、お上が、機能不全に陥っていることも分かってきました。

いつも言いますが、お上ではなく公僕にすることが最も大事と思います。
その為には特権を剥奪し、国民と同等、国民目線にすること、その為には徹底的な情報公開です。

関心があります
散策
奈良たかし様
私は、この問題に大変関心を持っています。私は、マスコミ関係の仕事ではありませんので、政治とマスコミの密着度合いについては、わかりません。しかし、記者クラブ、政治家用のマスコミの原稿書きなど話題にことかきません。今日、電車の中吊りに、サンデー毎日に【「ヘベレケ中川」同行記者批判でネット炎上】という記事がでるとありました。植草さん、ぐっちーさんのときは、雑誌はスルーしました。自身(マスコミ)の問題にどの程度マスコミが踏み込んで書いてくれるのか注目しています。

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 すでに紹介しましたが18日の毎日新聞で、
「中川氏は、女性記者らとの会食について「たまたまそこにいて、話を聞かれたから」と説明したが、中川氏は昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた。」とまで書かれました。

 新聞記者は、政治部記者を中心として官僚や政治家とべったりと交友して酒を飲むことが仕事になっています。それで情報をいただくのです。当然権力の追及などできず番犬のようになってしまう。朝日新聞がこのごろひどくて、社説でも記事でも新自由主義と消費税アップの先頭に立っています。でも他の新聞もやっています。中川昭一元大臣のときも一緒に酒を飲むために行ったのでしょうか。何のための新聞記者という仕事でしょうか。権力批判がなければジャーナリズムは終わりです。

 この中川昭一前大臣と懇談した女性記者は3人で、その会社は、読売新聞社、日本テレビ、ブルームバーグです。

 「村上春樹イスラエル批判講演と中川失態報道」-「団藤保晴の「インターネットで読み解く!」」 から
http://dandoweb.com/backno/20090219.htm

 公共性があるので読売新聞記者の名前も出します。読売経済部の記者、越前谷知子(えちぜんや ともこ)さんです。彼女は中川氏がローマに到着した夜にホテルで開いた懇談会にも出席し、連日です。他の日本テレビのHさんや、ブルームバーグのSさんは確証がとれません。
「二階堂ドットコム」より
http://www.nikaidou.com/2009/02/post_2349.php 

 いま、読売新聞はこの件で急速な情報隠しをやっています。

 まず、このときの懇談で酒を飲んだかということに、読売新聞は「女性記者は出席していたが、酒を飲んだかどうか見ていない」、という内容の報道をしました。しかしどうみても逃げであって嘘でしょう。さらにこの記事はネット上にはありません。

 そして、読売新聞東京本社広報部は、女性記者の食事への参加を「取材の一環」とした上で「記者によると、14日の昼食はあわただしく、ボーイがグラスにワインを注いだ」「記者は携帯電話に原稿の問い合わせの電話がかかり、数回にわたり席を外し、中川氏がワインを飲んだところは見ていない。記者はグラスに口をつけていない」と回答しています。

 下記の記事は、この懇談会を詳細に描いてますが、中川氏が「担当の中でもお気に入り」(永田町関係者)」としていてこれでは、やはり酒を飲むためにイタリアに行ったとしか思えません。
日刊スポーツ
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20090220-462833.html

 いったい何のために同行しているのです。現場にいて嘘を書く。あるいは書かせる。何のための新聞なのでしょう。権力の太鼓持ちのためにいるのでしょうか。
 そして越前谷知子記者の顔写真の掲載された記事をネット上から消し、そのキャッシュまで写真を消させました。それが下記の記事のキャッシュです。これも表示期間は短いのでやがては消えます。
このレポートと現実にやっていることとはなんという違いだろうと絶句します。

 2007年の読売新聞


「"働く"を考える大学生のためのLET'S」「活躍中の現役社会人直撃レポート」

「自分の書いた記事が読者に届くことで、誰かが変わったり、何かが動き出したりする。これが新聞記者の醍醐味」と語る越前谷記者。
“継続は力なり”という言葉を信じ、日本経済の最前線を取材する日々。
http://72.14.235.132/search?q
=cache:http://www.weblets.jp/
interview2007/21.html

--就活は社会へ出る前の大切な勉強だった
私が本格的に就職活動を始めたのは、年が明けた大学3年生の冬でした。自分に何が向いているのかわからなかった私は、できるだけいろいろな業種の方にお会いしようと考え、マスコミ、金融、メーカー、商社、IT企業などの会社説明会に参加しながら、OB・OG訪問も積極的に行いました。今振り返れば、私にはやはり取材が性に合っていたのでしょう、さまざまな職業の方にお会いして話を聞く、そのこと自体を楽しみながら、各業界のことを学んでいったように思います。

大学生の皆さんも、就活は社会へ出る前の勉強だと考え、少し肩の力を抜いて臨むと、自分らしさが出せるのではないでしょうか。私の場合、読売新聞の面接ではリラックスして話すことができ、この会社にすんなり入れる予感がしていたのです。これが「ご縁」というものなのでしょう。そんな感覚的なものも、何かを決断する時には大事なのかなと思います。

--考える前に走り出していた新人時代
新人記者の私が赴任したのは栃木県の宇都宮支局。警察署を担当しながら、パトカーや消防車のサイレンに即座に反応し、事件や事故の現場へ駆けつけていました。激しい雨が降っていたある日、あまりに気がせいていた私は傘も差さずに火災現場へ飛び出し、カメラをずぶ濡れにしてしまったのです。燃え盛る炎を前にシャッターは1度も下りてくれず…。デスクは“怒る”を通り越して呆れていましたね(笑)。あれこれ考える前に走り出していた、そんな新人時代の思い出です。

決定的な一瞬を切り取る難しさに手が震えた高校野球地区大会の写真撮影、子供たちの心の闇に向き合った少年犯罪の取材、古来の祭りや農作物の収穫を通した心温まるふれあいなど、赴任中の5年間に県内を取材し尽くした私にとって、栃木は第2の故郷と思えるほど愛しいものになっていました。

--私のモットーは「継続は力なり」
壁にぶつかったり、仕事で悩んだりすることは、社会人なら誰もが経験すると思います。私自身を振り返っても、会社を辞めようと思ったことは1度や2度ではありません。悔し涙を流した時もありました。でも、これまで新聞記者を続けることができたのは、「継続は力なり」という言葉を信じて仕事に向き合ってきたからです。そして、仕事と家庭を両立させる立場になった今思うことは、やりたいことは欲張る!諦めない!細く長くでいいから歩き続けるのが大切だということなのです。大学生の皆さんも欲張って、諦めずに、やりたいことにチャレンジしていってほしいと思います。

--”働く”とは社会と関わっていくこと
私にとって”働く”とは、いかに社会と関わりをもっていくかということであり、その関わりを実感できる瞬間が多くあるから、新聞記者として働いているのだと思います。

私は現在、東京本社の経済部に所属し、流通業界を担当する経済記者として取材に飛び回っています。皆さんはこれから新聞の経済欄を読む機会が増えるのではないでしょうか。読売新聞の経済欄には、難しい内容をわかりやすくまとめた解説記事があり、その辺から読んで頂くと日本経済の動向が理解しやすいと思います。約70名の経済記者たちがわかりやすさを追求して書いていますから、ぜひ、参考にしてください。

編集局経済部 記者
越前谷 知子氏

1996年入社。入社後、宇都宮支局で5年余勤務したのち、東京本社の地方部編成を経て経済部へ異動。現在は、百貨店やスーパーマーケット、コンビニエンスストアなどの流通業界を担当し、取材に飛び回っている。



 でも隠されると見たくなる少し下品な心理が働くので、まだ残っているかも。
http://images.google.co.jp/
images?sourceid=navclient-menuext&q
=%E8%B6%8A%E5%89%8D%E8%B0%B7%E7%9F%A5%E5%AD%90&um=1&ie
=UTF-8&sa=N&hl=ja&tab=wi

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【2009/02/21 12:15】 | 政治・経済
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 もう、あんな愚かな中川昭一氏の事は書かないでおこうと思ったのだが、あの問題のG7閉幕会見の後、1時間40分も、大使館員に随行され財務省幹部と共にバチカン観光をしていたことが判明して、さすがにあきれた。中川前大臣の希望で当初から予定していた、というが、これほど国際的に問題を起こしておいてあんまりではないか。よほどホテルには帰りたくなかったのでは。

 大使館側は古代の彫刻が展示された「大燭台(しょくだい)」のギャラリー、「タペストリー」のギャラリー、「地図」のギャラリーのほか、ミケランジェロの天井画や「最後の審判」などで世界的に有名なシスティーナ礼拝堂といった主要部分だけを回る1時間の見学コースを用意した。そして会見から15分後の午後4時20分から中川大臣と高木、諏訪園秘書官、玉木林太郎財務省国際局長、上野景文在バチカン日本大使ら10人で回った。

 しかし、ふらふらとしていて、大使館員はずいぶんお疲れだなという印象を受けたと言ってる。そのうえ、立ち入り禁止箇所に入ったり、特に有名な「ラオコーン」像の台座に手で触ったり、美術品を鑑賞する際、周囲に柵があり、立ち入り禁止になっていたにもかかわらず、中に入って美術品に近づき、警報機が作動したり。会見でのもうろうとした状態が続いていたとみられる。それで時間がかかったようだ。

 しかし、異様である。なぜこんな状態で回っているのか。何か酔いを醒ますために時間稼ぎをしているとしか思えない。本来ならホテルに一刻も早く帰って酔い覚ましの休養を取りたいところだろう。しかしホテルに帰ったら一緒の建物内にいる海外の要人たちと出会うからだろうか。おそらく通常は非公式協議や意見交換などが多数行われるからだろう。
 何しろ博物館には通常、午後4時までに入館しなければならないが、中川氏らが訪れたのはその後だったため、システィーナ礼拝堂以外では一般の観光客の姿はほとんどなかったのだ。つまりどんな状態であろうと一般の人には見られないのだ。
 ということは、「当初から予定」などまったくのウソだということになる。

 中川氏は博物館見学後、まだサンピエトロ大聖堂を訪れている。そして午後6時前にホテルに戻り、午後7時半に日本に向けローマ空港を出発した。


 ここで二世議員の問題があまりに大きいのでこれまで書かなかったことを書かせていただく。

 中川昭一、安倍晋三、麻生太郎総理と世襲議員であり、考え方の似た近しい存在だが、中川氏以外は華麗といってもいい代々の永い政治家一族である。
 ところが、やっていることは実に似ている。いずれも核武装やタカ派で身勝手で、国民のためより家業として一族の血のために政治をやっている。それぞれ、まことにあきれた日本を腐らせた世襲政治家である。

 ところが、中川昭一も世襲政治家だが経緯は他の人たちとずいぶん違う。父親の中川一郎は官僚出身で1947年に九州大学農学部卒業。同年、農林省に技官として入省して、やがて1963年に転じて衆院議員に初当選する。そして当選回数を重ねて青嵐会を結成してそれをベースに中川派という小派閥をつくる。

 ところが、総裁予備選に出馬して落選してからしばらくして1983年1月9日ホテルで自殺するのだ。長男の昭一が30歳の時だ。
 このときの異様な感覚ははっきりと覚えている。総裁選に出馬したほどの小とはいえ派閥の代表の政治家があっさりと自殺したのだ。他殺説も飛び交った。
 自殺の原因は発表されなかったが取りざたされたのは、

1.総裁選出馬で選挙費用として莫大な借金をしていた。

2.公設第一秘書が独立して中川一郎と同じ中選挙区に出馬しようとしていたことで悩んでいた。
 

 中川昭一氏は後継で出馬して、元公設第一秘書と近親の争いを繰り広げたが、みごと二人とも当選する。ちなみにこの元公設秘書とは現新党大地代表の鈴木宗男氏である。

 案外苦労していることがわかるだろう。しかも父親の借金があったといわれている。

 だから始めの頃は他のおぼっちゃま世襲議員とは違うと思っていた。ところがその後は、核武装発言や河野談話見直し、従軍慰安婦番組で安倍晋三と共にNHKに圧力をかけるなど何も変わらない無責任タカ派なのだ。
 そしてG7酩酊会見へとつながる。
 世襲議員がいかに本人も堕落するし、日本をダメにするか、典型ではないか。

 やはり普通の人が出やすい選挙制度をするべきである。

 それから、鈴木宗男氏は個人のブログで中川昭一氏の心配はしている。それと薬を飲んだというのは、逆に薬物中毒扱いされいっそう問題視されると指摘している。
http://blog.goo.ne.jp/kouich3big/e/
d26ac35bee525246a1e1ff8e0d71c5c7

 

中川前財務相:会見後バチカン観光 「予定の日程」
http://mainichi.jp/select/seiji/news/
20090220ddm002010136000c.html

 ローマで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)後に、ろれつが回らない状態で記者会見して辞任に追い込まれた中川昭一前財務・金融担当相が、14日の会見終了後、同行した財務省幹部や現地大使とともにバチカン市内を約2時間、観光していたことが19日分かった。財務省によると、礼拝堂などバチカンの主要施設を見学したという。

 記者会見での失態ぶりが世界のメディアで報じられ、日本の経済財政運営に対する国際的な信用を大きく傷つけた直後の行動だけに、新たな批判を呼びそうだ。バチカン観光について、財務省は「中川氏の希望で当初から予定していた日程」と説明している。

 また、G7初日の13日夜に開いた懇親会には財務省幹部に加え、男性記者2人、女性記者2人が出席していたことが判明。懇親会は深夜0時半まで約1時間50分にわたり、中川氏はこの場でジントニックを3、4杯飲んだという。翌日は午前8時15分からG7の2日目の会合が始まった。


 中川氏が14日のG7昼食会を途中退席し、ローマ市内のホテルのレストランで食事をとった際には財務省幹部や通訳のほか、前日の懇親会にも参加した女性記者1人が加わっていた。【赤間清広】


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【2009/02/20 02:00】 | 政治・経済
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