すでに紹介しましたが18日の毎日新聞で、
「中川氏は、女性記者らとの会食について「たまたまそこにいて、話を聞かれたから」と説明したが、中川氏は昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた。」とまで書かれました。

 新聞記者は、政治部記者を中心として官僚や政治家とべったりと交友して酒を飲むことが仕事になっています。それで情報をいただくのです。当然権力の追及などできず番犬のようになってしまう。朝日新聞がこのごろひどくて、社説でも記事でも新自由主義と消費税アップの先頭に立っています。でも他の新聞もやっています。中川昭一元大臣のときも一緒に酒を飲むために行ったのでしょうか。何のための新聞記者という仕事でしょうか。権力批判がなければジャーナリズムは終わりです。

 この中川昭一前大臣と懇談した女性記者は3人で、その会社は、読売新聞社、日本テレビ、ブルームバーグです。

 「村上春樹イスラエル批判講演と中川失態報道」-「団藤保晴の「インターネットで読み解く!」」 から
http://dandoweb.com/backno/20090219.htm

 公共性があるので読売新聞記者の名前も出します。読売経済部の記者、越前谷知子(えちぜんや ともこ)さんです。彼女は中川氏がローマに到着した夜にホテルで開いた懇談会にも出席し、連日です。他の日本テレビのHさんや、ブルームバーグのSさんは確証がとれません。
「二階堂ドットコム」より
http://www.nikaidou.com/2009/02/post_2349.php 

 いま、読売新聞はこの件で急速な情報隠しをやっています。

 まず、このときの懇談で酒を飲んだかということに、読売新聞は「女性記者は出席していたが、酒を飲んだかどうか見ていない」、という内容の報道をしました。しかしどうみても逃げであって嘘でしょう。さらにこの記事はネット上にはありません。

 そして、読売新聞東京本社広報部は、女性記者の食事への参加を「取材の一環」とした上で「記者によると、14日の昼食はあわただしく、ボーイがグラスにワインを注いだ」「記者は携帯電話に原稿の問い合わせの電話がかかり、数回にわたり席を外し、中川氏がワインを飲んだところは見ていない。記者はグラスに口をつけていない」と回答しています。

 下記の記事は、この懇談会を詳細に描いてますが、中川氏が「担当の中でもお気に入り」(永田町関係者)」としていてこれでは、やはり酒を飲むためにイタリアに行ったとしか思えません。
日刊スポーツ
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20090220-462833.html

 いったい何のために同行しているのです。現場にいて嘘を書く。あるいは書かせる。何のための新聞なのでしょう。権力の太鼓持ちのためにいるのでしょうか。
 そして越前谷知子記者の顔写真の掲載された記事をネット上から消し、そのキャッシュまで写真を消させました。それが下記の記事のキャッシュです。これも表示期間は短いのでやがては消えます。
このレポートと現実にやっていることとはなんという違いだろうと絶句します。

 2007年の読売新聞


「"働く"を考える大学生のためのLET'S」「活躍中の現役社会人直撃レポート」

「自分の書いた記事が読者に届くことで、誰かが変わったり、何かが動き出したりする。これが新聞記者の醍醐味」と語る越前谷記者。
“継続は力なり”という言葉を信じ、日本経済の最前線を取材する日々。
http://72.14.235.132/search?q
=cache:http://www.weblets.jp/
interview2007/21.html

--就活は社会へ出る前の大切な勉強だった
私が本格的に就職活動を始めたのは、年が明けた大学3年生の冬でした。自分に何が向いているのかわからなかった私は、できるだけいろいろな業種の方にお会いしようと考え、マスコミ、金融、メーカー、商社、IT企業などの会社説明会に参加しながら、OB・OG訪問も積極的に行いました。今振り返れば、私にはやはり取材が性に合っていたのでしょう、さまざまな職業の方にお会いして話を聞く、そのこと自体を楽しみながら、各業界のことを学んでいったように思います。

大学生の皆さんも、就活は社会へ出る前の勉強だと考え、少し肩の力を抜いて臨むと、自分らしさが出せるのではないでしょうか。私の場合、読売新聞の面接ではリラックスして話すことができ、この会社にすんなり入れる予感がしていたのです。これが「ご縁」というものなのでしょう。そんな感覚的なものも、何かを決断する時には大事なのかなと思います。

--考える前に走り出していた新人時代
新人記者の私が赴任したのは栃木県の宇都宮支局。警察署を担当しながら、パトカーや消防車のサイレンに即座に反応し、事件や事故の現場へ駆けつけていました。激しい雨が降っていたある日、あまりに気がせいていた私は傘も差さずに火災現場へ飛び出し、カメラをずぶ濡れにしてしまったのです。燃え盛る炎を前にシャッターは1度も下りてくれず…。デスクは“怒る”を通り越して呆れていましたね(笑)。あれこれ考える前に走り出していた、そんな新人時代の思い出です。

決定的な一瞬を切り取る難しさに手が震えた高校野球地区大会の写真撮影、子供たちの心の闇に向き合った少年犯罪の取材、古来の祭りや農作物の収穫を通した心温まるふれあいなど、赴任中の5年間に県内を取材し尽くした私にとって、栃木は第2の故郷と思えるほど愛しいものになっていました。

--私のモットーは「継続は力なり」
壁にぶつかったり、仕事で悩んだりすることは、社会人なら誰もが経験すると思います。私自身を振り返っても、会社を辞めようと思ったことは1度や2度ではありません。悔し涙を流した時もありました。でも、これまで新聞記者を続けることができたのは、「継続は力なり」という言葉を信じて仕事に向き合ってきたからです。そして、仕事と家庭を両立させる立場になった今思うことは、やりたいことは欲張る!諦めない!細く長くでいいから歩き続けるのが大切だということなのです。大学生の皆さんも欲張って、諦めずに、やりたいことにチャレンジしていってほしいと思います。

--”働く”とは社会と関わっていくこと
私にとって”働く”とは、いかに社会と関わりをもっていくかということであり、その関わりを実感できる瞬間が多くあるから、新聞記者として働いているのだと思います。

私は現在、東京本社の経済部に所属し、流通業界を担当する経済記者として取材に飛び回っています。皆さんはこれから新聞の経済欄を読む機会が増えるのではないでしょうか。読売新聞の経済欄には、難しい内容をわかりやすくまとめた解説記事があり、その辺から読んで頂くと日本経済の動向が理解しやすいと思います。約70名の経済記者たちがわかりやすさを追求して書いていますから、ぜひ、参考にしてください。

編集局経済部 記者
越前谷 知子氏

1996年入社。入社後、宇都宮支局で5年余勤務したのち、東京本社の地方部編成を経て経済部へ異動。現在は、百貨店やスーパーマーケット、コンビニエンスストアなどの流通業界を担当し、取材に飛び回っている。



 でも隠されると見たくなる少し下品な心理が働くので、まだ残っているかも。
http://images.google.co.jp/
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【2009/02/21 12:15】 | 政治・経済
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